「しかし、金田一先生、あの砂鉢に血で描かれていた、火焰太鼓はどうしたんですの。犯
人がこの部屋を出ていくとき、捺おしていったんですの。御前の見ている眼のまえで──」
 それを聞くと、耕助はうれしそうに、もじゃもじゃ頭をかきまわしながら、
「菊江さん、あなたはじつに頭がいい。ほかのひとの見落としていることでも、あなたは
ちゃんと憶おぼえているんですからね。それはこうです。いままでお話ししたところは、
あの晩の惨劇第二幕で、そのあとにもう一幕あったわけです」
 金田一耕助は部屋へ入ると、風神像を取りあげて、台座の裏を一同に示した。いうまで
もなくそこには火焰太鼓が彫ってある。耕助がそれをいじると、台座の裏が五分ばかりの
厚さでぽっかり外れた。
 耕助は直径三寸くらいのその円盤を、掌てのひらのうえでもてあそびながら、
「いうまでもなくこれはぼくが作ったもので、われわれが風神を発見したときには、ちょ
うどこれくらいの厚さだけ、台座の底が切り落とされていたんです。だから事件が発見さ
れて大騒ぎになったとき、犯人はこういう円盤をポケットにしのばせて駆けつけてきたと
いうわけです。そして、扉が打ち破られ、一同が死体のほうに気をとられているうちに、
こっそり同じような品で砂のうえに、血の紋章を捺しておいた。つまりそれが惨劇の第三
幕目で、ここに完全に密室の殺人が出来あがったというわけです」
 耕助はいくらか得意であったが、しかし、菊江はまだ承服しなかった。
「しかし、それじゃおかしいじゃございませんか。そうして台座の底が切りはなしてあっ
たのなら、あの砂占いのとき、なにも風神と雷神をとりかえたり、あとでそれをまた取り
かえたり、そんな手数のかかることをしなくても、よさそうなものじゃありませんか。そ
の簡単な判こを使ったほうが、よほど、便利で、手数が省けると思いますけれど──」
 金田一耕助はそれを聞くと、いよいようれしそうに、がりがり、ばりばりともじゃも
じゃ頭を搔かきまわして、
「そ、そ、そうです。菊江さん、あああなたのおっしゃるとおりですよ。あなたはじつに
賢明です」
 耕助はそれからやっと落ち着いて、
「だからぼくが思うのに、あの晩の惨劇は、突発的に起こったことなんだ、犯人ははじめ
から、殺人を計画していたのではなかったのだ──と。犯人は最初から、御前に殺意を抱い
ていたのかもしれない。しかし少なくともあの晩は、それを決行するつもりはなかった。
あの晩は、ただ、火焰太鼓でおどろかし、レコードで恐慌をまき起こし、さらに椿子し爵
しやくらしき人物を点出することによって、より一層、このお屋敷を恐怖のどん底におと
しいれる。そうして、じわじわとあるひとたちを絞めつけていく、いわば準備行動だけ
で、あの晩は満足するつもりだったのでしょう。ところが、いまお話ししたような順序
で、思いがけなくも殺人を決行してしまった。しかも決行したあとで考えてみると、それ
はたいへん異様な状態のもとにおかれている。密閉された部屋のなかで血みどろな殺人が
行なわれているのです。その異常さ、神秘さに気がついてた犯人は、その神秘性をより一
層強調するために、あの血の烙らく印いんということを思いついた。そこで犯行後じぶん
の部屋へかえると、大急ぎで台座の底を切り落としたのです。そして、あなたが事件を発
見して大騒ぎになったとき、切り落とされたその判こをポケットにしのばせ、何食わぬ顔
をして駆けつけた。──と、そういう順序になるだろうと思います」
「わかりましたわ。金田一先生」
 さすが気むずかし屋の菊江もやっとそれで納得した。
「それで密室の殺人については、何もかも説明がついたというわけなのね。そこで今度は
誰が犯人かということになるんでしょうけれど、あなたはそれをご存じなのね。そして、
その犯人というのはいまここにいるんでしょう」
 菊江が明るく笑いながら、じぶんの周囲を見まわしたとき、さすがにひとびとは顔色を
うしない、緊迫した空気が、部屋の内部を押してくるんだ。
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