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第三十章 悪魔笛を吹きて終わる(2)

时间: 2023-12-11    进入日语论坛
核心提示:「それはね、美禰子さん、お父さんの遺書がはさんであった、ウィルヘルム・マイステルのおかげですよ」「ウィルヘルム・マイステ
(单词翻译:双击或拖选)

「それはね、美禰子さん、お父さんの遺書がはさんであった、ウィルヘルム・マイステル

のおかげですよ」

「ウィルヘルム・マイステル──?」

 美禰子は、はっと顔色を動かした。

「そう、おわかりになったでしょう。あのなかにお互いにそれと知らずに兄と妹が恋にお

ちて、子供が出来て、三人それぞれ不幸な境遇に落ちていく遺族のことが書いてあるで

しょう。私はお父様の性格を考えて、あの当時のお父様の言動には、何かしら、すべて含

みがあるのだと解したのです。したがってマイステルをあなたにすすめたことについて

も、そこに何か意味があるのじゃないか──と、読んでいくうちにあのショッキングなロマ

ンスにぶつかったんですね。それにまあ、その他いろいろな事情を綜そう合ごうして、三

島東太郎即ち河村治雄なる人物は、一彦君と兄弟であると同時に、あなたの兄妹でもある

のじゃないかと考えたわけです。しかし、もうその話はよしましょう」

「ええ、よしましょう。金田一先生、有難うございました」

 不思議なことに、こういう暗い事実を知らされたあとだったにもかかわらず、美禰子の

身辺からは、最初金田一耕助を訪ねて来たときのような、あのいまわしい、黒い陽炎かげ

ろうは消えていた。──

 ところで、三島東太郎即ち河村治雄はどうしたのであろうか。

 それをお話しするためには、筆者がわざと途中でうち切っておいた、第二十八章火焰太

鼓の出現の項を、もう少し語りつづけなければならぬ。

 三島東太郎は一切の犯行を自認したのち、一彦のほうへ向きなおってこういった。

「一彦、その一番下積みになっている、スーツケースを開いておくれ。そのなかに、黄金

のフルートが入っているはずだから」

 一彦は金田一耕助と等々力警部の顔色をうかがったのち、東太郎に示されたスーツケー

スのなかから、黄金のフルートを取り出した。

 東太郎はそのフルートを受け取ると、手袋をぬいで、

「金田一先生」

 と、耕助のほうへ向きなおった。

「あなたはなぜ、『悪魔が来りて笛を吹く』のあの曲を誰かに──一彦にでも吹いてもらわ

なかったのです。もし、それを吹奏するところを御覧になったら、椿子爵のいう悪魔とは

なにびとであったか、一目瞭りよう然ぜんだったはずなんです。ひとつ私が吹いて見ます

から、よく指の動きを見ていてください」

 東太郎はフルートの歌口に口をあてると、やがて、あの恐ろしい曲を吹奏しはじめた。

 それこそ、一世を震しん撼かんさせた、この陰惨な大事件の終幕を飾るには、もっとも

適切な伴奏だったろう。

 しめきった、ほの暗い応接室のなかに、あの呪のろいと憎しみにみちみちた、物狂わし

い曲が、しだいに調子をたかめていったとき、ひとびとは幾度か眼にした、血みどろの死

体よりもまだ恐ろしい、凄せい然ぜんたる鬼気にうたれずにはいられなかった。

 だが、そのとき、金田一耕助の胸をはげしく打ったのはそのことではなかったのだ。

 曲がすすみ、なかばに達し、さらに終わりに近づいていくというのに、半分失われた東

太郎の中指と薬指は、まだ一度も使われないのだ。

 金田一耕助はとつぜん、真赤に焼けた鉄てつ串ぐしを、脳天からぶちこまれたような

ショックをかんじた。

 ああ、それでは「悪魔が来りて笛を吹く」という曲は、右手の中指と薬指を使わなくて

もすむように作曲されていたのか。椿子し爵しやくはそれによって、悪魔とは何者である

かを暗示していたのか。

 驚きのあまり、耕助が何かいおうとした瞬間、三島東太郎は黄金のフルートを口に当て

たまま、朽ち木を倒すように床に倒れた。

 相棒の飯尾豊三郎が天銀堂で使った薬で、みずからの生命を断ったのである。

 こうして、椿家を突如訪れた悪魔は、笛を吹き終わると同時に、この世から去っていっ

たのであった。

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