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虎牙-深夜怪事件

时间: 2021-11-07    进入日语论坛
核心提示:深夜の怪事件 一メートルほどの近さで、おそろしい虎と花田少年とは、まるで、にらめっこでもしているように、ながいあいだ、ジ
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深夜の怪事件


 一メートルほどの近さで、おそろしい虎と花田少年とは、まるで、にらめっこでもしているように、ながいあいだ、ジッと目を見あわせていました。
 すると、じつにへんなことがおこったのです。
 花田君は、あとになって思いだしてみても、どうしてあんな気持ちになったのか、すこしもわかりません。まるで、漫画映画のスクリーンの中へ、自分のからだがスーッと、はいって行って、自分も漫画の中の人になったような気持ちでした。
 窓の外の虎が、口をきいたわけではないのですが、口をきいているのとおなじように、虎の考えていることが、花田君の心に、はいって来たのです。
「わしは、きみを、これからおもしろいところへ、つれて行ってやる。さあ、この窓をあけて、出て来たまえ。」
 虎がそう言っているように、ハッキリ感じられたのです。花田君は、それでも、窓のガラス戸をひらこうなどとは思わなかったのに、何か、どうすることもできない力が、花田君の手を、ひとりでに動かして、いつのまにか、ガラス戸をひらいていました。
「外出するんだから、服を着かえるがいい。」
 虎がまたそう言ったように、感じられました。あのおそろしかった虎の顔が、にわかにやさしくなったようで、もうすこしもこわくはありません。花田君は、大いそぎで、洋服を着て、帽子をかむりました。そして、フラフラと窓のところへ行くと、外から虎が二本の前足で、花田君を、()きかかえるように、むかえてくれました。
「クツはいいんだよ。わしの背中へ、のせてやるからね。」
 虎がそう言ったように思うと、いつのまにか、花田君は、大きな虎の背中に、馬のりになっていました。虎は、かわいい少年を背中にのせたまま、ひらいた裏木戸から外に出て、月光にてらされた、深夜の町を、近くの大通りのほうへと、ノッシノッシと歩いて行きました。
 これは、いったい、どうしたことでしょう。東京の町中へ、虎があらわれるというのも、まるでうそのような話ですが、そのうえ、ひとりの少年がその虎にまたがって、真夜中とはいえ、町の中をノコノコ歩いているなんて、まったく信じられないことです。
 しかし、花田君は、夢を見ていたのではありません。これはじっさいにおこったことなのです。いくら信じがたくても、それは事実だったのです。そのわけは、ずっとあとになって、わかります。
 虎にまたがった花田少年は、まるで、猛獣国を征服した王者のように見えました。しかし、花田君は、そのとき、いばっていたわけではありません。いばるどころか、まるでむがむちゅうでした。猛獣が人間に催眠術をかけることができるとすれば、花田君は、この催眠術にかかっていたのです。花田君の目は、まるで夢遊病者のように、うつろだったのです。
 虎は、やがて、大通りへ出ました。もう二時ごろでしょうか、昼間はにぎやかな大通りも、いまは人影もなく、さばくのように、さびしいのです。向こうの電柱のそばに、一台の自動車が、ヘッド・ライトを消して、黒い怪物のように、とまっています。虎はその自動車のほうへ歩いて行くのです。
 とつぜん、ごく近くから、「キャーッ。」という悲鳴が、しずまりかえった深夜の町に、ひびきわたりました。そして、自動車とはんたいがわの、月光のささない、のき下を、黒い人影が、死にものぐるいに、かけだしているのが見えました。
 この真夜中に、急な用事でもあったのか、そこをひとりの女の人が通っていたのです。そして、少年を乗せた虎の姿を見ると、いきなり悲鳴をあげて、かけだしたのです。
 すぐ向こうに交番があります。女の人はそのほうへ走っています。いまにも、おまわりさんが、ピストルを持って、かけつけるかもしれません。また、悲鳴を聞いた商家などでは、表戸をゴトゴトさせています。いまにも、町の家々から、大ぜいの人が飛びだしてくるかもしれません。
 しかし、虎は、そんなことを、どこふく風と、おちつきはらって、自動車に近づき、前足で、その車体をコツコツとたたきました。
 すると、自動車の戸がひらいて、運転手が出てきましたが、猛虎の姿を見て、アッと腰をぬかすかと思いのほか、すこしもおどろくようすはなく、しずかに座席の戸をひらいて、さあ、どうぞ、お乗りくださいという、かっこうをして見せました。
 夢遊病者のようになった、花田君は、運転手におされて、車の中へはいりました。ところが、おどろいたことに、花田君のあとから大きなずうたいの虎が、ノコノコはいって来て、花田君とならんで、まるで人間のように、クッションに腰をおろしたではありませんか。
 猛獣が自動車に乗るなんて、話に聞いたこともありません。しかし、ほんとうに乗ったのです。すると、車はガクンとひとゆれして、おそろしい速度で走りだしました。おまわりさんも、町の人も、もうとても、追っかけることはできません。
 虎はゆったりクッションにもたれ、花田少年の肩に前足をかけて、その顔をのぞきこむようにしていました。なにか話しかけているようなかたちです。花田君は、それにさからう元気もなく、夢でも見ているような顔で、ジッとしています。すると、虎のもう一つの前足が、花田君の目の前に、グーッとせまって来ました。そして、つめたい綿(わた)のようなものが、花田君の鼻と口をおさえました。
 息ぐるしいので、それをはねのけようと、もがいているうちに、だんだん気が遠くなっていき、やがて、花田君は、ふしぎなねむりにおちてしまいました。

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