地底の怪人
数十個の電灯をつけた、さしわたし一メートルもあるシャンデリヤは、怪人の笑い声とともに、ますます、はげしくゆれていましたが、アッと思うまに、それが天井をはなれて、落下して来ました。
「あぶないッ。」
みんなは口々にさけんで、身をよけました。シャンデリヤは爆弾のような音をたてて、ゆかにぶっつかり、数十個の電球とガラスの笠が、コナゴナになって、飛びちりました。
ガラスの破片で傷ついた人もありますが、大けがというほどではありません。
「はしごだ。はしごをさがしてこい。」
だれかが、大声にどなりました。
見ると、天井の穴には、もう怪人の顔はありません。天井裏を、どこかへ逃げだしたのです。
ふたりの警官が、裏庭へ飛びだして行って、一ちょうのはしごを、かついで来ました。そして、それを、怪人がさいしょ飛びあがった、天井のすみのところへ、立てかけました。
そのあいだに、明智探偵は、怪人が背中をつけたかべを、しらべていましたが、
「これだ。この柱に天井まで、ほそいすきまがある。中にレールがついているんだ。そのレールから、鉄のカギのようなものが出ていて、ここのかくしボタンをおすと、電気じかけで、カギがレールをつたって、天井まであがるようになっている。あいつは、自分のバンドを、そのカギにひっかけて、このボタンをおして、天井へ飛びあがっていったのだ。これが、あいつのさいごの切り札だった。」と、みんなに説明しました。魔術師は、建物の中の、あらゆる場所に、魔法の種をしかけておいたのです。
明智探偵は、それから、小林君をまねいて、何かヒソヒソと耳うちしました。小林少年は「わかりました。」と言うようにうなずいて、少年探偵団の三少年と天野勇一少年とをつれて、いそいで部屋を出て行きました。この少年たちは、あとになって、たいへんなてがらをたてることになるのです。
ひとりの警官と、明智のかえだまをつとめた男は、この部屋の出来事を、建物の外を見はっている警官隊に、知らせるために、たちさりました。あとにのこった三人の警官と明智探偵とは、めいめい懐中電灯とピストルを持って、さっきかけられたはしごをのぼり、怪人のあとを追うことになったのです。
明智がせんとうになって、はしごをのぼり、天井板をおしてみますと、ドアのように、ギーッと上にひらきました。その中は、まっ暗やみの天井裏です。四人は懐中電灯をふりてらしながら、つぎつぎに天井裏にあがりました。
天井裏は、すこし背をかがめれば、歩けるほどの、ゆとりができていました。懐中電灯で、あたりを見ますと、一方にトンネルのような通路がひらいて、そのトンネルの中に、何かうごめいているものがあります。
「あッ、あすこにいる。」
警官が思わず声をたてました。そのものは、たしかに魔法博士の怪人二十面相でした。こちらの四人が、トンネルの入り口にかけよると、怪人はネズミのような、すばやさで、奥のほうへ逃げこんで行きます。
「待てッ。」
どなりながら、四人は怪人のあとを追って、トンネルの奥ふかく、ふみこんで行きました。
「あぶないッ。穴だ。」
せんとうの明智探偵が、とつぜん立ちどまって、うしろの警官たちをとどめました。
トンネルのような道は、いきどまりになっていたのです。そして、そこに、ふかさもしれぬ大きな穴があいていたのです。
「ワハハハ……、明智先生、どうだね、このしかけは。さすがの名探偵も、天井裏にこんなぬけ穴があろうとは、夢にも知らなかったね……。だが、これはまだ入り口だ。この先に、きみをびっくりさせるものが、待っているんだぜ。ワハハハハ……、まあ、用心してついてくるがいい。」
穴の底のほうから、怪人の声がものすごく、ひびいて来ました。
明智探偵は、穴のふちにひざをついて、懐中電灯で下のほうをてらしてみました。そこは井戸のようなふかい穴で、こちらがわに、直立の鉄ばしごが、ズッと下のほうまでつづいています。そのはしごのなかほどに、怪人がつかまって、虎だか人間だかわからない、あのおそろしい顔で、穴の上のほうをにらんでいるのでした。
「あがってこいッ。このうえ逃げると、うち殺すぞッ。」
明智の肩の上から、のぞきこんでいた警官が、怪人にピストルを向けながら、どなりました。
「ウフフフ、きみはうちやしない。おれをいけどりにしたいんだからね。おれもうたないよ。ピストルはちゃんとここに持っているが、おれは血を見るのが大きらいだからね。きみたちは、おれを追いつめて、つかまえればいいんだ。しかし、おれは、けっして、つかまらない。魔法博士だからね。魔法の力で、どこまでも逃げるんだよ……。」
そして、怪人はまるでサルのように、鉄ばしごをかけおりて、底のやみの中へ消えてしまいました。
それにしても、こんなふかいたて穴は、いったい、どこにかくされていたのでしょう。あとになって、わかったのですが、この穴は、部屋と部屋とのあいだのかべが、ある箇所でひじょうにあつくなっていて、そのかべの中に、このたて穴がつくってあったのです。
まえに世田谷区の怪屋を、すみからすみまで、しらべたけれども、どこにもあやしい箇所はありませんでした。それで安心していたのですが、ここは世田谷の洋館ではありません。ふたごのように、よくにた横浜の洋館です。外から見たのでは、そっくりですが、中にはいろいろな魔術のしかけがしてあります。さすがの明智探偵も、そこまでしらべているひまがなかったのです。
明智は直立の鉄ばしごを、おりはじめました。三人の警官もそれにつづきます。あいては人殺しの大きらいな怪人二十面相です。いまも言ったように、ピストルはけっして、うたないでしょう。ですから、そのほうの心配はありませんが、穴の底に、どんなしかけがしてあるかと思うと、じつにぶきみです。
ああ、明智探偵たちは、うまく怪人をとらえることができるでしょうか。なにか思いもよらぬ、きみの悪いことが、おこるのではないでしょうか。