水中の怪光
二、三年まえ、あるフランス人が、ヘリコプターのプロペラのようなものを背中にしょって、空を飛ぶ発明をしたことが新聞にのっていましたが、四十面相は『宇宙怪人』の事件のとき、それとおなじようなプロペラを身につけて、たびたび空を飛んでみせました。
こんども、そのプロペラなのです。四十面相の夜光怪人は、木のてっぺんに、かくしておいた飛行具を身につけて、星空を飛んでみせたのです。
こうして夜光怪人は、またもや逃げさってしまいましたが、それから十日ほどたった、あるばんのことです。
夜光怪人は、こんどは港区の上山さんというお金持ちのやしきに、そのぶきみなすがたをあらわしました。
上山さんのうちには、小学校六年生の上山一郎という少年がいました。それが上山さんのひとりっ子なのです。
一郎君は、少年探偵団にはいっている勇気のある少年でした。
そのばん、一郎君は、二階のじぶんの部屋で勉強していましたが、ふと、窓から広い庭をのぞきますと、なんだか青く光るものが、木の間を、スウッと飛んだように見えました。
「へんだな。だれか懐中電灯を持って、庭へはいってきたのじゃないかしら。」
一郎君は、勇気のある少年ですから、すぐに部屋を出て、階段をおり、庭にとびだしてみました。
さっき光の動いていた木立ちの中へ、はいっていきましたが、あたりはまっ暗で、もうなんの光も見えません。
しばらく、暗やみの中に立ちどまって、耳をすましましたが、あやしいもの音も聞こえません。
「おや、あれはなんだろう?」
木立ちのむこうに池があります。その池の水面が、ボウッと青く光っているのです。
一郎君は、池のそばへいってみました。
水の中に、なにか光るものがしずんでいるではありませんか。
岸にしゃがんで、水の中をのぞきますと、さすがの一郎君も、まっ青になって、ふるえあがってしまいました。
池の底に、人間のすがたをした青く光るものが、よこたわっていたのです。そいつが、首をねじむけて、一郎君のほうをにらみました。
ああ、その顔!
まっ赤に光る三センチほどもあるまんまるな目、耳までさけたまっ赤な口、その恐ろしい顔が、水の中から、じろっと、一郎君をにらみつけたのです。
「アッ、夜光怪人だッ!」
一郎君は、おもわずそう叫んで、うちのほうへかけだしました。そして、おとうさんの書斎へはいると、
「たいへんです。夜光怪人が、庭の池の中にいます。」
と、いきせききって知らせました。
夜光怪人と聞くと、おとうさんもびっくりして、それをたしかめるために、ひとりの書生をつれて庭に出ていきました。
そして、懐中電灯を照らしながら、池のまわりを、ぐるっと回ってみましたが、青く光る人間のすがたなんて、どこにもありません。
夜光怪人は、かってに、じぶんのからだの光を消すことはできないでしょうから、池の中にいれば、かならず見えるはずです。
おとうさんと書生とは、なお、そのへんの木立ちの中を、よくしらべましたが、べつにあやしいこともありませんでした。
「一郎、おまえは少年探偵団なんかにはいっているので、いつも夜光怪人のことばかり考えている。それで、まぼろしを見たんだよ。もう探偵のまねなんか、よすんだね。」
おとうさんは、そういって、一郎君をたしなめました。
しかし、あれがまぼろしだったのでしょうか。一郎君は、どうしても、そうは思えないのです。すきとおった池の水の中に、ゆらゆらゆれながら、青く光る人間がよこたわっていました。目と口だけがまっ赤な、人間です。
一郎君は、その美しさをわすれることができません。そのばんは、水の中によこたわっている夜光怪人の夢を見ました。おきていても、ふと目をつぶると、まぶたのうらに、あの青い人間の姿が、スウッと浮かんでくるのです。
そのあくる日は、空が黒雲にとざされた、うす暗い日でした。
一郎君が学校から帰って、おとうさんの書斎へはいっていきますと、おとうさんはデスクの前に立って、ゾウッとしたような顔で、壁のだんろを見つめていました。その書斎は、窓が小さくて、うす暗い広い洋室でした。
一郎君も、おもわずそのだんろに目をやりました。いまは火をもやしていないだんろのおくに、青いまるいものが、ぶらさがっていました。
青く光るまるいものに、三つのまっ赤なところがあります。
なんだか、えたいのしれないものでした。
アッ、夜光怪人だッ!
一郎君は、やっとそこへ気がつきました。怪人の顔が、だんろの中にさかさまにさがって、口が上になり、目が下になっていたので、えたいのしれないものに見えたのです。
おとうさんも一郎君も、それが夜光怪人とわかると、立ちすくんだまま身動きもできません。
目はくぎづけになったように、じーっとだんろの中の怪物を見つめているのです。
すると怪物は、スウッと、だんろの煙突のほうへあがっていって、見えなくなってしまいました。
おとうさんと一郎君は、やっと、じゅ文をとかれたみたいに、からだが動くようになりましたので、すぐに、だんろのそばへいって、中に首をつっこむようにして、上をのぞいてみました。
だが、ぜんたいにまっ暗で、青く光るものなど、どこにも見えないのでした。
「やっぱり、一郎のいったことは、ほんとうだった。夜光怪人は、このうちを、ねらいはじめたんだ。」
おとうさんは、そういって、じっと一郎君の顔を見るのでした。
「ねえ、おとうさん、やっぱり明智先生にたのみましょうよ。ね、いいでしょう。」
一郎君は、少年探偵団員ですから、明智探偵が、いちばんえらいと思っているのです。
「うん、すぐに明智先生に電話をかけて、きていただこう。むろん警察にも知らせるけれども、まず明智先生に相談してからだ。」
おとうさんは、そこの卓上電話のダイヤルをまわして、明智探偵事務所を呼びだしました。
「明智先生はおいでになりますか。」
「おでかけになっています。きょうは、お帰りがおそいかもしれません。」
「ああ、そうですか。で、あなたは、どなたです?」
「ぼく、助手の小林です。」
「おお、小林君ですか。わたしは上山というものですが、至急、ご相談したいことがあるのです。明智先生がおいでにならなければ、あなた、きてくれませんか。あなたのてがら話は、ずいぶん聞かされていますよ。あなたなら信用します。ぜひ、きてください。」
「いったい、どんなご用件なのですか。」
「夜光怪人です!」
上山さんは、受話器に口をつけるようにして、ささやき声でいいました。
「エッ、夜光怪人ですって?」
小林少年のびっくりした声。
「そうです。あいつが、わたしのうちにあらわれたのです。わたしのもっている美術品を、ねらっているにちがいありません。」
「では、すぐにまいります。住所をおしえてください。」
そこで上山さんは、住所をくわしくおしえたあとで、つけくわえました。
「チンピラ隊のポケット小僧というのが有名ですね。あの子もいっしょに、つれてきてくださると、ありがたいのですがね。わたしは、あの子にも、いちどあいたいと思っていたのですよ。」
「ああ、ポケット君ですか。しょうちしました。つれていきますよ。あの子は、ぼくのかたうでですからね。」
小林少年は、じまんらしく答えるのでした。