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永日小品(えいじつしょうひん)--元日

时间: 2020-11-30    进入日语论坛
核心提示: 雑煮(ぞうに)を食って、書斎に引き取ると、しばらくして三四人来た。いずれも若い男である。そのうちの一人がフロックを着てい
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 雑煮(ぞうに)を食って、書斎に引き取ると、しばらくして三四人来た。いずれも若い男である。そのうちの一人がフロックを着ている。着なれないせいか、メルトンに対して妙に遠慮する(かたむ)きがある。あとのものは皆和服で、かつ不断着(ふだんぎ)のままだからとんと正月らしくない。この連中がフロックを眺めて、やあ――やあと一ツずつ云った。みんな驚いた証拠(しょうこ)である。自分も一番あとで、やあと云った。
 フロックは白い手巾(ハンケチ)を出して、用もない顔を()いた。そうして、しきりに屠蘇(とそ)を飲んだ。ほかの連中も大いに(ぜん)のものを(つッ)ついている。ところへ虚子(きょし)が車で来た。これは黒い羽織に黒い紋付(もんつき)を着て、(きわ)めて旧式にきまっている。あなたは黒紋付を持っていますが、やはり(のう)をやるからその必要があるんでしょうと聞いたら、虚子が、ええそうですと答えた。そうして、一つ(うた)いませんかと云い出した。自分は謡ってもようござんすと応じた。
 それから二人して東北(とうぼく)と云うものを謡った。よほど以前に習っただけで、ほとんど復習と云う事をやらないから、ところどころはなはだ曖昧(あいまい)である。その上、我ながら覚束(おぼつか)ない声が出た。ようやく謡ってしまうと、聞いていた若い連中が、申し合せたように自分をまずいと云い出した。中にもフロックは、あなたの声はひょろひょろしていると云った。この連中は元来(うたい)のうの字も心得ないもの共である。だから虚子と自分の優劣はとても分らないだろうと思っていた。しかし、批評をされて見ると、素人(しろうと)でも理の当然なところだからやむをえない。馬鹿を云えという勇気も出なかった。
 すると虚子が近来(つづみ)を習っているという話しを始めた。謡のうの字も知らない連中が、一つ打って御覧なさい、是非御聞かせなさいと所望(しょもう)している。虚子は自分に、じゃ、あなた謡って下さいと依頼した。これは(はやし)の何物たるを知らない自分にとっては、迷惑でもあったが、また斬新(ざんしん)という興味もあった。謡いましょうと引き受けた。虚子は車夫を走らして鼓を取り寄せた。鼓がくると、台所から七輪(しちりん)を持って来さして、かんかんいう炭火の上で鼓の皮を(あぶ)り始めた。みんな驚いて見ている。自分もこの猛烈な焙りかたには驚いた。大丈夫ですかと尋ねたら、ええ大丈夫ですと答えながら、指の先で張切った皮の上をかんと(はじ)いた。ちょっと好い()がした。もういいでしょうと、七輪からおろして、鼓の()()めにかかった。紋服(もんぷく)の男が、赤い緒をいじくっているところが何となく(ひん)が好い。今度はみんな感心して見ている。
 虚子はやがて羽織を脱いだ。そうして鼓を()()んだ。自分は少し待ってくれと頼んだ。第一彼がどこいらで鼓を打つか見当(けんとう)がつかないからちょっと打ち合せをしたい。虚子は、ここで掛声(かけごえ)をいくつかけて、ここで鼓をどう打つから、おやりなさいと(ねんごろ)に説明してくれた。自分にはとても()()めない。けれども合点(がてん)の行くまで研究していれば、二三時間はかかる。やむをえず、好い加減に領承(りょうしょう)した。そこで羽衣(はごろも)(くせ)を謡い出した。春霞(はるがすみ)たなびきにけりと半行ほど来るうちに、どうも出が好くなかったと後悔し始めた。はなはだ無勢力である。けれども途中から急に振るい出しては、総体の調子が(くず)れるから、萎靡因循(いびいんじゅん)のまま、少し押して行くと、虚子がやにわに大きな掛声をかけて、(つづみ)をかんと一つ打った。
 自分は虚子がこう猛烈に来ようとは夢にも予期していなかった。元来が優美な悠長(ゆうちょう)なものとばかり考えていた掛声は、まるで真剣勝負のそれのように自分の鼓膜(こまく)を動かした。自分の(うたい)はこの掛声で二三度波を打った。それがようやく静まりかけた時に、虚子がまた腹いっぱいに横合から威嚇(おどか)した。自分の声は威嚇されるたびによろよろする。そうして小さくなる。しばらくすると聞いているものがくすくす笑い出した。自分も内心から馬鹿馬鹿しくなった。その時フロックが真先に立って、どっと吹き出した。自分も調子につれて、いっしょに吹き出した。
 それからさんざんな批評を受けた。中にもフロックのはもっとも皮肉であった。虚子は微笑しながら、仕方なしに自分の(つづみ)に、自分の謡を合せて、めでたく(うた)(おさ)めた。やがて、まだ廻らなければならない所があると云って車に乗って帰って行った。あとからまたいろいろ若いものに冷かされた。細君までいっしょになって夫を(くさ)した末、高浜さんが鼓を御打ちなさる時、襦袢(じゅばん)(そで)がぴらぴら見えたが、大変好い色だったと()めている。フロックはたちまち賛成した。自分は虚子の襦袢の袖の色も、袖の色のぴらぴらするところもけっして好いとは思わない。

 

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