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永日小品(えいじつしょうひん)--火事

时间: 2020-11-30    进入日语论坛
核心提示:息が切れたから、立ち留まって仰向くと、火の粉(こ)がもう頭の上を通る。霜(しも)を置く空の澄み切って深い中に、数を尽くして飛
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息が切れたから、立ち留まって仰向くと、火の()がもう頭の上を通る。(しも)を置く空の澄み切って深い中に、数を尽くして飛んで来ては卒然(そつぜん)と消えてしまう。かと思うと、すぐあとから(あざやか)なやつが、一面に吹かれながら、(おっ)かけながら、ちらちらしながら、(さかん)にあらわれる。そうして不意に消えて行く。その飛んでくる方角を見ると、大きな噴水を集めたように、根が一本になって、隙間(すきま)なく寒い空を染めている。二三間先に大きな寺がある。長い石段の途中に太い(もみ)が静かな枝を()に張って、土手から高く(そび)えている。火はその(うしろ)から起る。黒い幹と動かぬ枝をことさらに残して、余る所は真赤(まっか)である。火元はこの高い土手の上に(ちがい)ない。もう一町ほど行って左へ坂を(あが)れば、現場(げんば)へ出られる。
 また急ぎ足に歩き出した。後から来るものは皆追越して行く。中には擦れ違に大きな声をかけるものがある。暗い路は(おの)ずと神経的に()きて来た。坂の下まで歩いて、いよいよ(のぼ)ろうとすると、胸を突くほど急である。その急な傾斜を、人の頭がいっぱいに(うず)めて、上から下まで(ひしめ)いている。(ほのお)は坂の真上から容赦(ようしゃ)なく舞い上る。この人の(うず)()かれて、坂の上まで押し上げられたら、(くびす)(めぐ)らすうちに()げてしまいそうである。
 もう半町ほど行くと、同じく左へ折れる大きな坂がある。(のぼ)るならこちらが楽で安全であると思い直して、出合頭(であいがしら)の人を(わずら)わしく()けて、ようやく曲り角まで出ると、向うから(はげ)しく号鈴(ベル)を鳴らして蒸汽喞筒(じょうきポンプ)が来た。退()かぬものはことごとく()(ころ)すぞと云わぬばかりに人込の中を全速力で()り立てながら、高い(ひづめ)の音と共に、馬の鼻面(はなづら)を坂の方へ一捻(ひとひねり)向直(むけなお)した。馬は泡を吹いた口を咽喉(のど)()りつけて、(とが)った耳を前に立てたが、いきなり前足を(そろ)えてもろに飛び出した。その時栗毛の胴が、袢天(はんてん)を着た男の提灯(ちょうちん)(かす)めて、天鵞絨(びろうど)のごとく光った。紅色(べにいろ)に塗った太い車の輪が自分の足に触れたかと思うほど(きわ)どく回った。と思うと、喞筒は一直線に坂を()け上がった。
 坂の中途へ来たら、前は正面にあったが今度は筋違(すじかい)に後の方に見え出した。坂の上からまた左へ取って返さなければならない。横丁(よこちょう)を見つけていると、細い路次(ろじ)のようなのが一つあった。人に押されて入り込むと真暗である。ただ一寸(いっすん)のセキもないほど()んでいる。そうして互に懸命な声を()げる。火は明かに向うに燃えている。
 十分の(のち)ようやく路次を抜けて通りへ出た。その通りもまた組屋敷(くみやしき)ぐらいな幅で、すでに人でいっぱいになっている。路次を出るや否や、さっき()()って、馳け上がった蒸汽喞筒が眼の前にじっとしていた。喞筒はようやくここまで馬を動かしたが、二三間先きの曲り角に(さまた)げられて、どうする事もできずに、焔を見物している。焔は鼻の先から燃え上がる。
 (そば)に押し詰められているものは口々にどこだ、どこだと(さけ)ぶ。聞かれるものは、そこだそこだと云う。けれども両方共に焔の起る所までは行かれない。は勢いを得て、静かな空を(あお)るように、(すさま)じく(のぼ)る。……
 翌日午過(ひるすぎ)散歩のついでに、火元を見届(みとどけ)ようと思う好奇心から、例の坂を上って、昨夕(ゆうべ)の路次を抜けて、蒸汽喞筒の留まっていた組屋敷へ出て、二三間先の曲角(まがりかど)をまがって、ぶらぶら歩いて見たが、冬籠(ふゆごも)りと見える家が軒を並べてひそりと静まっているばかりである。焼け跡はどこにも見当(みあた)らない。火の()がったのはこの辺だと思われる所は、奇麗(きれい)な杉垣ばかり続いて、そのうちの一軒からは(かす)かに(こと)()()れた。

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