ふと机から眼を上げて、入口の方を見ると、書斎の戸がいつの間にか[#「いつの間にか」は底本では「いつの間か」]、半分明いて、広い廊下が二尺ばかり見える。廊下の尽きる所は唐めいた手摺に遮られて、上には硝子戸が立て切ってある。青い空から、まともに落ちて来る日が、軒端を斜に、硝子を通して、縁側の手前だけを明るく色づけて、書斎の戸口までぱっと暖かに射した。しばらく日の照る所を見つめていると、眼の底に陽炎が湧いたように、春の思いが饒かになる。
その時この二尺あまりの隙間に、空を踏んで、手摺の高さほどのものがあらわれた。赤に白く唐草を浮き織りにした絹紐を輪に結んで、額から髪の上へすぽりと嵌めた間に、海棠と思われる花を青い葉ごと、ぐるりと挿した。黒髪の地に薄紅の莟が大きな雫のごとくはっきり見えた。割合に詰った顎の真下から、一襞になって、ただ一枚の紫が縁までふわふわと動いている。袖も手も足も見えない。影は廊下に落ちた日を、するりと抜けるように通った。後から、――
今度は少し低い。真紅の厚い織物を脳天から肩先まで被って、余る背中に筋違の笹の葉の模様を背負っている。胴中にただ一葉、消炭色の中に取り残された緑が見える。それほど笹の模様は大きかった。廊下に置く足よりも大きかった。その足が赤くちらちらと三足ほど動いたら、低いものは、戸口の幅を、音なく行き過ぎた。
第三の頭巾は白と藍の弁慶の格子である。眉廂の下にあらわれた横顔は丸く膨らんでいる。その片頬の真中が林檎の熟したほどに濃い。尻だけ見える茶褐色の眉毛の下が急に落ち込んで、思わざる辺から丸い鼻が膨れた頬を少し乗り越して、先だけ顔の外へ出た。顔から下は一面に黄色い縞で包まれている。長い袖を三寸余も縁に牽いた。これは頭より高い胡麻竹の杖を突いて来た。杖の先には光を帯びた鳥の羽をふさふさと着けて、照る日に輝かした。縁に牽く黄色い縞の、袖らしい裏が、銀のように光ったと思ったらこれも行き過ぎた。
すると、すぐ後から真白な顔があらわれた。額から始まって、平たい頬を塗って、顎から耳の附根まで遡ぼって、壁のように静かである。中に眸だけが活きていた。唇は紅の色を重ねて、青く光線を反射した。胸のあたりは鳩の色のように見えて、下は裾までばっと視線を乱している中に、小さなヴァイオリンを抱えて、長い弓を厳かに担いでいる。二足で通り過ぎる後には、背中へ黒い繻子の四角な片をあてて、その真中にある金糸の刺繍が、一度に日に浮いた。
最後に出たものは、全く小さい。手摺の下から転げ落ちそうである。けれども大きな顔をしている。その中でも頭はことに大きい。それへ五色の冠を戴いてあらわれた。冠の中央にあるぽっちが高く聳えているように思われる。身には井の字の模様のある筒袖に、藤鼠の天鵞絨の房の下ったものを、背から腰の下まで三角に垂れて、赤い足袋を踏んでいた。手に持った朝鮮の団扇が身体の半分ほどある。団扇には赤と青と黄で巴を漆で描いた。
行列は静かに自分の前を過ぎた。開け放しになった戸が、空しい日の光を、書斎の入口に送って、縁側に幅四尺の寂しさを感じた時、向うの隅で急にヴァイオリンを擦る音がした。ついで、小さい咽喉が寄り合って、どっと笑う声がした。
宅の小供は毎日母の羽織や風呂敷を出して、こんな遊戯をしている。