席を立った宗近君は、横から来て甲野さんの手を取るや否や、明け放った仏蘭西窓を抜けて二段の石階を芝生へ下る。足が柔かい地に着いた時、
「いったいどうしたんだ」と宗近君が聞いた。
芝生は南に走る事十間余にして、高樫の生垣に尽くる。幅は半ばに足らぬ。繁き植込に遮ぎられた奥は、五坪ほどの池を隔てて、張出の新座敷には藤尾の机が据えてある。
二人は緩き歩調に、芝生を突き当った。帰りには二三間迂回て、植込の陰を書斎の方へ戻って来た。双方共無言である。足並は偶然にも揃っている。植込が真中で開いて、二三の敷石に、池の方へ人を誘う曲り角まで来た時、突然新座敷で、雉子の鳴くように、けたたましく笑う声がした。二人の足は申し合せたごとくぴたりと留まる。眼は一時に同じ方角へ走る。
四尺の空地を池の縁まで細長く余して、真直に水に落つる池の向側に、横から伸す浅葱桜の長い枝を軒のあたりに翳して小野さんと藤尾がこちらを向いて笑いながら椽鼻に立っている。
不規則なる春の雑樹を左右に、桜の枝を上に、温む水に根を抽でて這い上がる蓮の浮葉を下に、――二人の活人画は包まれて立つ。仕切る枠が自然の景物の粋をあつめて成るがために、――枠の形が趣きを損なわぬほどに正しくて、また眼を乱さぬほどに不規則なるがために――飛石に、水に、椽に、間隔の適度なるがために――高きに失わず、低きに過ぎざる恰好の地位にあるために――最後に、一息の短かきに、吐く幻影と、忽然に現われたるために――二人の視線は水の向の二人にあつまった。と共に、水の向の二人の視線も、水のこなたの二人に落ちた。見合す四人は、互に互を釘付にして立つ。際どい瞬間である。はっと思う刹那を一番早く飛び超えたものが勝になる。
女はちらりと白足袋の片方を後へ引いた。代赭に染めた古代模様の鮮かに春を寂びたる帯の間から、するすると蜿蜒るものを、引き千切れとばかり鋭どく抜き出した。繊き蛇の膨れたる頭を掌に握って、黄金の色を細長く空に振れば、深紅の光は発矢と尾より迸しる。――次の瞬間には、小野さんの胸を左右に、燦爛たる金鎖が動かぬ稲妻のごとく懸っていた。