入口の扉に口を着けたようにホホホホと高く笑ったものがある。足音は日本間の方へ馳けながら遠退いて行く。二人は顔を見合わした。
「藤尾だ」と甲野さんが云う。
「そうか」と宗近君がまた答えた。
あとは静かになる。机の上の置時計がきちきちと鳴る。
「金時計も廃せ」
「うん。廃そう」
甲野さんは首を壁に向けたまま、宗近君は腕を拱いたまま、――時計はきちきちと鳴る。日本間の方で大勢が一度に笑った。
「宗近さん」と欽吾はまた首を向け直した。「藤尾に嫌われたよ。黙ってる方がいい」
「うん黙っている」
「藤尾には君のような人格は解らない。浅墓な跳ね返りものだ。小野にやってしまえ」
「この通り頭ができた」
宗近君は節太の手を胸から抜いて、刈り立の頭の天辺をとんと敲いた。
甲野さんは眼尻に笑の波を、あるか、なきかに寄せて重々しく首肯いた。あとから云う。
「頭ができれば、藤尾なんぞは要らないだろう」
宗近君は軽くうふんと云ったのみである。
「それでようやく安心した」と甲野さんは、くつろいだ片足を上げて、残る膝頭の上へ載せる。宗近君は巻煙草を燻らし始めた。吹く煙のなかから、
「これからだ」と独語のように云う。
「これからだ。僕もこれからだ」と甲野さんも独語のように答えた。
「君もこれからか。どうこれからなんだ」と宗近君は煙草の煙を押し開いて、元気づいた顔を近寄た。
「本来の無一物から出直すんだからこれからさ」
指の股に敷島を挟んだまま、持って行く口のある事さえ忘れて、呆気に取られた宗近君は、