私の知人がストーカー被害にあったことがある。その時もマスコミはその知人の交友関係について、一般の人間は知らなくてもいいようなことまで報道していた。知人は深く傷つき、部屋に閉じこもった。
このような報道被害を放置するなら、報道による人権侵害を認めることになってしまう。もし、報道自らが自らの行き過ぎを律することができないなら、被害者およびその家族のプライバシーを守るためには、報道の法的規制がやむを得なくなる。しかし、そうなっては報道の自殺行為ではなかろうか。
(B)私は被害者や被害者の家族の人権を守るためだからといって、マスコミの取材や報道を法律で規制することには反対である。
なぜなら同じような犯罪を再び起こさないためには、なぜその犯罪が起こったのかという背景を、できるだけ詳しく知らなければならず、「取材の自由」が必要となるからだ。加害者側、被害者側の家庭環境や生い立ちを知り、どうしてそのような犯罪が起こったのか、そのような犯罪を食い止めるにはどうすればいいか、報道するのはマスコミの義務であろう。こうした情報は、自分たちの家族とのかかわり方や子育ての仕方について考え直す一つの教材となる。
もちろん行き過ぎた取材や報道が、被害者やその家族の人権を被害しないように十分に注意する必要がある。しかし、それはマスコミ自身の自主規制や報道倫理によるべきであって、法律で規制をすべきではないのである。
1、AとBが、どちらも取り上げていることは何か。
①取材の自由
②報道の役割
③報道の中立性
④報道被害
2、どうして「マスコミ報道の規制」というような問題が起こったのか。
①マスコミが、加害者側、被害者側の過程環境や生い立ちまで報道するから。
②行き過ぎたマスコミ報道による被害者とその家族への人権侵害が目立つから。
③報道自らが、自らの報道の行き過ぎを律することができないから。
④「取材の自由」がなければ、社会を啓発するような正しい報道はできないから。
3、AとBは、「マスコミの取材や報道を法律で規制すること」についてどのように考えているか。
①AもBも、やむを得ないと考えている。
②AもBも、望ましくないと考えている。
③Aはやむを得ないと考えているが、Bは望ましくないと考えている。
④Aは望ましくないと考えているが、Bはやむを得ないと考えている。