本を読むのはいい。読むのはいいが、その本を、わざわざ保存していく必要はない。最近、私はそう思うようになった。一冊の本を読んで、いやでも頭の中に残る一行があれば、それで充分なのだ。忘れてしまうような内容は、もともと縁がなかったのだとあきらめる。
一冊の本の中の一行が頭に残るのは、なにげなく読んだ言葉が、錐をもむようにこちらの魂に突き刺さってくるときである。そういう言葉は、忘れようとしても忘れられるものではない。赤線を引いたり、メモをとったり、いろんなことをしても忘れるものは忘れる。そういうものだ。それは、ひょっとして本当は必要がないものだったのかもしれない。
本当に大事なことは、どんなに忘れようと頑張っても頭にこびりつく(注1)。おんぶお化け(注2)のようにこちらにしがみついて離れないものなのだ。そういうものにこそ価値がある、というふうに私は思う。
もっとも、山のような蔵書に埋もれて暮らすのも、三冊の本だけを枕もとに置いて生きるのも、それはその人の勝手である。どちらがいいというわけではない。だが一度、この本を残すか、捨てるか、と、迷ってみることは決して悪いことではなさそうだ。
いまも私は、相変わらず捨てることのできない本の山の中に、肩身を狭くして暮らしている。
(五木寛之「知の休日―退屈な時間をどう遊ぶか」による)
(注1)こびりつく:強く意識に残る
(注2)おんぶお化け:ここでは、妖怪の意味
1、「そう思うようになった」とあるが、筆者はなぜこのように考えているか。
①本は読むことが大事で、ただ本棚に並べておくことには意味がないから
②本を本棚に並べておくだけでは、本の内容が頭の中に残らないから
③読んだ本の内容を覚えているかどうかは本の保存と関係ないから
④読みたい本は保存しておかなくてもその価値が変わらないから
2、「そういうもの」とは何を指しているか。
①どんなに頑張って忘れようとしても忘れられないもの
②おんぶおばけのようにずっと自分のそばにいるもの
③いろんなことをして忘れないようにして覚えたもの
④深く印象に残っていていつまでも忘れないもの
3、筆者は本に対してどう思っているか。
①本を残すか、捨てるかは個人の自由であるが、一読する価値のある本を大事にしたほうがいい。
②本を読んで胸を打たれるような言葉が少しでもあればそれで十分価値があり、わざわざ本を保存しなくてもいい。
③蔵書に埋もれて読む自由と二、三冊しか読まない自由があり、自分にとって本当に必要な本を大事にすべきだ。
④たくさんの蔵書から自分の人生に役に立つ言葉を拾い、それを忘れないようにして生きていくべきだ。