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十二 ドナルド·フレイザー

时间: 2024-04-23    进入日语论坛
核心提示:  十二 ドナルドフレイザー  この青年を見たとたん、わたしは、気の毒になってしまった。そのまっ青な、憔悴しょうすい し
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  十二 ドナルド·フレイザー
  この青年を見たとたん、わたしは、気の毒になってしまった。そのまっ青な、憔悴しょうすい した顔と、うろたえた目つきとは、かれの受けたショックがどんなに大きなものだったかを物語っていた。
  かれは、がっしりとした、立派な様子の青年で、背丈せたけ は、ほとんど六フィート近く、美男子というのではないが、愛想のいい、そばかすの多い顔に、頬骨が高く、髪は燃えるような赤毛だった。
  「どうしたんだい、ミーガン?」と、かれはいった。「なんだって、ここへ連れて来たんだい? たのむから、わけを話してくれ――ぼくは、いま聞いたばかりなんだけど――べッティが……」かれの声は、尻しり すぼまりになって消えた。
  ポワロが椅子を前に押してやると、かれは、ぐったりと落ちこむように、それに腰をおろした。
  それから、わたしの友人は、ポケットから小型の瓶を取り出すと、食器棚だな にかかっている手ごろなコップを取って、瓶の中の物をついでやった。
  「ちょっと、これを飲みたまえ、フレイザー君。楽になりますよ」青年は、いわれたとおりにした。ブランデーが、いくらかその顔に赤味をつけた。かれは、まっすぐにすわり直して、もう一度、娘の方に顔を向けた。かれの態度は、まったく平静で、よく自分を抑えていた。
  「ほんとうなんだね?」と、かれはいった。「ベッティが――死んだ――いや、殺されたというのは?」「ほんとうよ、ドン」
  かれは、まるで機械的にいった。
  「いまロンドンから来たばかりかい?」
  「そう。父さんが電話してきたの」
  「九時二十分の汽車だろう?」と、ドナルド·フレイザーがいった。
  かれの心は、現実に触れるのをおそれて、ただ安全な、こんな平凡な些事さじ の上をすべっていた。
  「そうよ」
  一、二分、沈黙していてから、フレイザーはいった。
  「警察だね? なにか、やっているのかい?」「いま、二階にいるのよ。べッティの物を調べているんでしょう」「見当がついてないのかい、誰だか――? わからないのかい、連中には――?」かれは、言葉をきった。
  かれは、感じやすい、内気な人間らしく、乱暴な事実を口にするのを好まないようだった。
  ポワロは、すこし身を乗り出して、質問をはじめた。かれは、自分のたずねていることがつまらぬ些事ででもあるかのように、事務的な、味もそっけもない声で話しかけた。
  「ゆうべ、ミス·バーナードは、どこへ行くか、きみにいいませんでしたか?」フレイザーは、質問にこたえたが、まるで意識をしないでしゃべっているようだった。
  「女友だちと、セント·レァ∈ードへ行くといっていました」「きみは、それを信じましたか?」「ぼくは――」不意に、自動人形に魂が生き返った。「いったい、どういうつもりで、そんなことをいうんです?」かれの顔は、そのとたん、威嚇的いかくてき になり、急激な感情から痙攣けいれん を起こしていたが、これでは、娘がかれを怒らせるのをおそれていたわけだなと、わたしにも合点がいった。
  ポワロは、すかさずいった。
  「ベッティ·バーナードは、殺人狂の手にかかって殺されたのです。真実を語ることだけが、犯人を追求するために、われわれに力をかすことになるのです」かれの目は、しばらく、ミーガンの方に向けられた。
  「そのとおりよ、ドン」と、かの女はいった。「自分の感情とか、他人の感情とかを考えている時じゃなくってよ。すっかり、なにもかも打ち明けなくちゃだめよ」ドナルド·フレイザーは、うさんくさそうに、ポワロに目をあてた。
  「どなたです、あなたは? 警察の人じゃないんでしょう?」「警察よりは、ずっとましな者です」と、ポワロはいった。その口調には、意識した横柄おうへい さというものはなかった。かれにしてみれば、ただたんに事実をいったにすぎなかったのだ。
  「この方に話すのよ」と、ミーガンがいった。
  ドナルド·フレイザーも、かぶとをぬいだ。
  「ぼく――ぼくにも、はっきりいえません」と、かれはいった。「かの女がそういった時には、ぼくも信じました。なにか、ほかのことをするなどとは、思いもしなかったんです。後になってから――たぶん、かの女のそぶりに、なにかあったのでしょう。ぼくは――ぼくは、そうです、おかしいな、と、思いはじめたんです」「それで?」と、ポワロはいった。
  かれは、ドナルド·フレイザーの正面に腰をおろした。相手の目にじっとつけたかれの目は、催眠術の魔力をかけているようだった。
  「ぼくは、疑ったりする自分が恥ずかしかったんです。でも――でも、ぼくは、邪推したんです……ぼくは、かの女がカフェから出るころに、海岸へ行って、見張っていてやろうと思いました。ぼくは、ほんとうに出かけて行きました。すると、ぼくにはそんなことはできないことだという気がしてきたんです。ベッティがぼくを見たら、きっと怒るだろうと思ったんです。すぐに、ぼくが見張っていたのに気がつくだろうと思ったんです」「それで、どうしました?」「ぼくは、セント·レァ∈ードへ出かけて行きました。八時ごろに着いて、バスを見張っていたんです――かの女が乗っているかどうか、見ようと思って……ところが、かの女の影も形もないんです……」「で、それから?」
  「ぼくは――ぼくは、いっそううろたえてしまったんです。てっきり、かの女が誰か男といっしょにちがいないと思いこんでしまったんです。その男が、かの女を自分の自動車に乗せて、へイスティングズに連れて行ったらしいなと、ぼくは思ったんです。それで、向こうへ出かけて行きました――ホテルやレストランをのぞいてみたり、映画館のまわりをうろついてみたり――波止場へも行ってみました。なにからなにまで、ばかばかしいことでした。
  たとえ、かの女がその場にいても、ぼくには見つけ出せなかったでしょうね。それに、どっちみち、男がかの女を連れて行ったとしても、へイスティングズのほかに、いくらだってほかにあるんですから」かれは、話をやめた。その調子ははっきりしていたが、その話している最中にも、その底に、あのわれを忘れ、とほうにくれた、みじめさと怒りとが、かれを捕えてはなさないのを、わたしは感じていた。
  「しまいには、あきらめて――帰って来ました」「何時ごろに?」「わかりません。ぼくは、歩きまわっていたんですから。真夜中か、それより後だったでしょう、きっと、家へ着いたのは……」「それから――」
  そのとき、台所のドアがあいた。
  「ああ、おいででしたね」と、ケルセイ警部がいった。
  クローム警部がかれを押しのけてはいって来て、ちらりとポワロに目を向けてから、見知らぬ二人の人物に、目を向けた。
  「ミス·ミーガン·バーナードと、ドナルド·フレイザー君です」と、ポワロがいって、二人を紹介した。
  「こちらは、ロンドンから見えたクローム警部」と、かれは説明した。
  それから、警部の方を向いて、かれはいった。
  「あなた方が二階で調べている間に、ミス·バーナードやフレイザー君と話をしていたんです。なにか、事件について新しい事実を聞き出せるかと思ってね」「はあ、そうですか?」と、クローム警部はいったが、ポワロのことなど頭にはいらなくて、二人の新顔の方にばかり気をとられていた。
  ポワロは、廊下へ引きさがって行った。ケルセイ警部がかれに道をあけながら、そっといった。
  「なにか、つかめましたか?」
  しかし、かれは、同僚の方に気をとられていて、ポワロの返事を聞くひまがなかった。
  わたしは、廊下でポワロといっしょになった。
  「思いあたることがあったかい、ポワロ?」と、わたしはたずねた。
  「ただ、犯人の驚くべき度胸だけだよ、へイスティングズ」わたしには、かれがなんのことをいっているのか、さっぱりわからないと、そういうだけの勇気もなかった。
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