ラジオの小失敗はたくさんあるが、大失敗は一度だけ。その一度がすさまじい。大分前の話だが、連続ラジオドラマ「アルセーヌ・ルパン」の録音で大阪へ行った。その三日目。スタジオの都合で、夜中の十二時からはじめるという。どうにも間がもてないから映画を見にでかけた。
オリヴィエ、リイ夫妻の「美女ありき」を見て、大いに感心し、いささか興奮気味で外へ出たのが五時。とたんに、劇団の支持会のI氏にあった。話相手のほしい矢先だからたまらない。仕事までまだ六時間以上あるという気のゆるみもあったのだろう。ジュースがいつの間にかビールになる。おや十一時半だ、と気がついた時にはウイスキーをコップで飲んでいた。その後が、まるで分らない。とにかく一人でちゃんと局へ行って、上機嫌で録音をすませたそうである。
暇さえあれば、オリヴィエのネルソン戦死の場面の真似をして、床に倒れて見せていたという。プロデューサーは、あなたが今やっているのはルパンであって、ネルソンではないということを分らせるために、大分骨を折ったらしい。後にも先にもただ一度の無意識録音で、思い出してもぞっとする。
——一九五九年四月 朝日新聞——