十一月一日晴。
チタを寝ている間に通過した。一時間時計が進んだ。
〇時五分すぎ。
小さい木橋の上で列車が止った。
窓へ顔をくっつけて左手を見ると、そっちに停車場らしいものが見える。が、そこまでは遠く列車の止ってるのは雪に埋もれた丘の附近である。
――何てステーション?
ノヴォミールが廊下できいている。
――木のステーション!
人形を手にぶら下げて、わきに立っている姉娘が返事した。
むこうの方で、別の男の子が父親に同じ質問をしている。
――誰にも分らないステーションだよ。
靴にいっぱい雪をつけ、鼻のあたまを真赤にして手袋をぬぎながら車掌が入って来た。
――フーッ!
――何か起ったの?
――むこうの軟床車の下で車軸が折れたんです。もうすこしでひっくりかえるところだった。
ブリッジへ出て両手でわきの棒へつかまり、のり出して後部を見わたしたら、深い雪の中へ焚火がはじまっている。長靴はいて緑色制帽をかぶった列車技師が、しきりに一台の車の下をのぞいて指図している。棒材がなげ出してある。真黒い鉄の何かを運んで来て雪の中にころがしてある。山羊皮外套を雪の上へぬぎすて農民みたいな男が、車の下に這いこんだ。防寒靴の足の先だけが此処から見える。
日はキラキラさしている。雪は凍ってる。寒い。赤い房のついた三角帽をかぶった蒙古少年が雪をこいで、低い柵のむこうの家の見える方へ歩いて行く。犬があとからくっついて行く。
廊下へひっこんで来たら、むこうのはずれの車室から細君が首だけ出し、
――何が起ったんです?
良人は、ひろい背中を細君の方へ向け、脚をひらいて廊下に立ちパイプをふかしながら、
――エピソードさ。
そういう返事をしている。
蒙古人の村はどこでも犬が多いな。――……
列車は修繕のために二時間以上雪の中にとまっていた。
ほとんど終日、アムール河の上流シグハ川に沿うて走る。雪、深し。灌木地帯で、常磐木は見えない。山がある。民家はシベリアとは違い薄い板屋根だ。どの家も、まわりに牧柵をゆって、牛、馬、豚、山羊などを飼っている。家も低い、牧柵もひくい。そして雪がある。
川岸を埋めた雪に、兎か何か獣の小さい足跡がズーとついている。川水は凍りかけである。
風景は、モスクワを出た当座の豊饒な黒土地方、中部シベリアの密林でおおわれた壮厳な森林帯の景色とまるで違い、寂しい極東の辺土の美しさだ。うちつづく山のかなたは、モンゴリア共和国である。