私たちの行く手にひろがるのは、はてしもない未知の暗闇である。その闇の中に何があるか、鬼が棲すむか蛇じゃがひそむか。いやいや、たとえ鬼が棲み、蛇がひそむとも、私たちはいま、それを考慮しているひまはない。背後からせまる現実の危険が、私たちを絶望の闇の奥ふかく、追い立て、駆り立てていくのだ。
この洞窟にも、無数のわき道や枝道があった。しかし、背後からふたりの殺人鬼に追い立てられるいまの私たちには、糸をひくひまも、目印のしるしをつけるいとまもない。私たちは網の目のような迷路から迷路へと、絶望的な恐怖をいだいて逃げていく。ああ、もうこうなっては、たとえ吉蔵や周さんの凶手からのがれることができるとしても、無事に洞窟から出られるかどうかわからない。
「あ、お兄さま、あれ、なんの音」
突然、典子が立ちどまって私の腕をつかんだ。
「ええ、なに?」
「ほら、あの音、あれ、風の音じゃない?」
なるほど、どこか遠くのほうで、ゴーと風のうなるような音が聞こえる。その音はすぐやんだが、典子は瞳をかがやかせて、
「あれ風の音よ、きっと。だからどこか近くに出口があるのよ。外へ出る口があるのよ。お兄さま、行きましょう」
その後もときおり、ゴーという音は聞こえたが、出口どころかその反対に、それから間もなく、私たちの逃避行に、いよいよ終止符をうたねばならぬときが来たのである。典子と私はほとんど同時に、あっと叫んで立ちすくんだ。そして、眼のまえに立ちふさがる冷たい壁に、絶望的な瞳をむけた。私たちはとうとう、袋小路に追いつめられたのであった。
「お兄さま、灯を消して……」
私たちは急いで懐中電燈を消したがときすでに遅かった。周さんの携えた龕燈提灯が、遠くから私たちの姿をとらえた。周さんのそばには吉蔵もいた。かれらも、とうとう私たちを追いつめたことを知ると、ぴたりとその場に足をとめた。そして、龕燈の灯でなめるように私たちの姿を見まわすと、
「あはははは!」
と、周さんが毒々しい声で笑った。
「とうとう、行きづまりやがった」
それから吉蔵と顔見合わせてにたりと笑った。ものすごい笑いだった。血のしたたるような微笑だった。
彼ひ我がの距離十間あまり、周さんと吉蔵がゆっくり一步踏みだした。周さんはつるはしを、吉蔵は棍棒をひっさげて。……
固く手を握りあった典子と私は、壁に背中をくっつけて、身じろぎもせずに、ふたりの姿を見守っていた。だれも口をきく者はなかった。私は酔ったような気持ちだった。いままで何度もこんな場面に出会ったような気がした。
周さんと吉蔵がまた一步踏み出した。
私がかれらの生きている姿をハッキリ見たのはそれが最後だった。何が起こったのか、そのとき私にはさっぱりわからなかったのだけれど、とにかくさっきからたびたび耳にした、あの風のような異様な音がものすごくあたりにとどろいたかと思うと、私はいきなり、突きとばされたように地面に倒れた。物音は二度三度とどろきわたり、あたりの空気がはげしく揺れた。そして、何やら固いものが、バラバラと頭上から降ってきたところまでは覚えているが、それきりふうっと気が遠くなってしまったのであった。