英泉さんはまだ泣いている。私も涙ぐましい気持ちになってうなずいた。
「さて、それからいよいよこんどのことじゃが、英泉は東屋で双児の隠居がおまえを探して引き取るということをきいて、ひどくびっくりしたそうな。おまえの出生には当時からいろいろうわさがあったもんで、そのことは小梅や小竹、また久弥などもよう知ってのはずじゃ。それだからこそ、いままでほうっておいたものを、いまになって探し出すというのはどういうわけかと、ひどく不安になったところへ、ちょうど神戸に用事もあったところから、ついでにおまえの性質、素行なども調べたげな。つまり英泉にも、おまえが、どっちの子かようわからなんだのじゃな。こうしておまえを眼のまえにおいてみれば、一目瞭然じゃが……」
長英さんはほろ苦く笑った。
私はそこでひらきなおった。
「なるほど、それでだいぶわかってきましたが、しかし、わからないのは蓮光寺の和尚が殺されたときのことです。どうしてあのとき、あなたは私を犯人だと思われたのですか」
英泉さんはそれを聞くと世にも切なげな表情をした。そして救いを求めるように長英さんを見た。長英さんが身を乗り出した。
「それよ、そのことも英泉から聞いた。おまえがこの村へやってきて、始終、顔を見るようになるにつけ、英泉にはハッキリおまえが自分の子だとわかってきたのじゃ。英泉はそれが怖かったと言うている。昔の自分の罪ざい業ごうを、まざまざと眼のまえにつきつけられたようで、身のちぢまる思いじゃったげな。それともうひとつ英泉を苦しめたのは、おまえの気持ちのわからぬことじゃ。おまえは自分の出生の秘密を知らんのじゃろうか。いやいや、あれほどの騒ぎを聞いておらぬというはずはない。と、すれば自分が要蔵の子でないことも、知っていなければならぬはずじゃ。それを知りながらヌケヌケと、田治見家を相続しようというおまえが、英泉にはとても恐ろしく思われたのじゃな。つまり、おまえが天一坊のような悪党で、田治見を横領するためには手段もえらばぬ、祖父も殺せば兄も殺す、そういう恐ろしい怪物がしかも自分の子どもなのだと、いまさらのように昔の罪業に責められていたやさき、眼のまえで蓮光寺の和尚が毒殺された。そこでてっきりおまえが、自分を父と知っていて、殺そうとしたのだと思いこんだのじゃ。つまりここでうっかり父だなどと名乗られると、田治見家横領の邪魔になるから、殺そうとしたのだと、そう思いこんだのだそうな。あの時分はおまえというものがよくわからず英泉は苦く悶もん懊おう悩のうの絶頂にあったのじゃから、まあ、堪忍しておやり」
つまりあのとき父が責めたのは、私よりむしろ自分自身の過去の罪業感だったのだろう。それを思うと私はすなおに許せた。
「よくわかりました。私だって自分が田治見家のタネでないことを知っていたら、だれがなんといってもここへ来るのではなかったのです。ところでもうひとつお尋ねがあります。いつも洞窟から離れへ忍びこんでいたのはあなたでしょう。姉はあなたの落としていった抜け穴の地図を拾ってましたよ。あれはいったいどういうわけですか」
それについても長英さんが説明した。
「辰弥や。人間というものはよほど修行をつんだつもりでいても、なかなか煩ぼん悩のうを払い落とすことはできぬものじゃ。英泉も昔のことはいっさい忘れた気で、それゆえにこそ、この村へ帰ってきたのじゃが、さて、日がたって落ち着いてくるにつれて、思い出されるのはおつる──おまえのおっ母さまのことじゃ。おっ母さまが屏風にはりこんだ手紙のことは、ふたりだけの秘密じゃったが、その屏風がまだあの離れにあることを知ると、矢も楯たてもたまらず、地下道を抜けては屏風を見にいってたそうな。ことにおまえが帰ってきて、あの離れへ起き臥ふしするようになってからは、いっそう懐かしくて、始終地下道をうろついていたげな。そうそう、いつかおまえや春代や新家の典子が、天狗の鼻でこれの姿を見たときも、いつもと同じように、おまえ恋しさに洞窟をうろついているうち、恐ろしい悲鳴を聞いたので、それでもうおびえきって、抜き足差し足步いているところを、おまえたちに見られたのじゃげな。それもこれも、おまえ恋しさから出た行動じゃ。疑いを晴らしておやり」
私はいつかの夜、離れに寝ている私の頬に、落ちてきた熱い涙を思い出し、急に眼頭の熱くなるのを覚えた。私は無言のままうなずいて、
「そうでしたか。私はまた、宝物でも探していらっしゃるのかと思っていました」
「ああ、いや」
英泉さんがはじめて口をひらいた。そしてだれにともなく低いボソボソとした声でいった。
「私も若いころには宝探しに熱中したこともある。このお寺に奇妙な地図と御詠歌みたいな歌をかいた紙がつたわっているのを、このお師匠様からうつさせていただいて、夢中で洞窟の中をほっつきまわったこともある。しかし、それも昔の夢じゃ。いまではもう、そんな夢を見るにはあまりにも年をとりすぎている」
「いいや、夢ではない。宝物はたしかにある」
長英さんは強い声でいったが、急に思い出したように私のほうへ向きなおると、
「それで思い出したのじゃが、このあいだ、辰弥と典子がとじこめられたところ、ひょっとするとあそこが宝の山じゃないかと思うのだが……それというのが周吉と吉蔵の死体を掘りだしに行ったものの話によると、あそこはまえにも落盤があったらしく、古い人骨が一体あらわれたが、そのそばに水晶の数じゅ珠ず玉がちらばっていたところを見ると、坊主ではないか、と……いいよった。そのことと、寺につたわるあの歌、みほとけの宝の山に入るひとは『竜の顎』の恐ろしさ知れというあの歌を思いあわせて、落盤のあったところが『竜の顎』ではないかと思う。そうするとおまえたちの閉じこめられたところが、宝の山にあたるのじゃないか」
長英さんにはすまぬことながら、そのとき私は無言のまま、うなだれていたのである。