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奇妙な約束

时间: 2023-10-07    进入日语论坛
核心提示:奇妙な約束 わしは姦夫川村義雄を巨大なシリンダアの中で、彼の不義の子と共に、煎餅の様に押しつぶしてしまった。復讐事業の目
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奇妙な約束


 わしは姦夫川村義雄を巨大なシリンダアの中で、彼の不義の子と共に、煎餅の様に押しつぶしてしまった。復讐事業の目的の一半は見事に達せられたのだ。併し、まだ姦婦瑠璃子が残っている。あの美しい売女めを思う存分の目に合わせてやるのが、わしの復讐の最大眼目であった。墓穴から甦って来た白髪鬼の最後の望みであった。
 妙な例えだけれど、子供がご馳走をたべる時、一番おいし相なものをあと廻しにして、拙いものから(はし)をつけて行く様に、わしは左程でもない川村義雄を先ず最初にやッつけた。そして肝腎の瑠璃子をあとの楽しみに残して置いたのだ。大事にとって置いたのだ。
 ところで、今こそ、あの最上の珍味に箸をつける時が来た。あの美しい人鬼を心行くまでぶちのめす時が来た。わしはもう何とも云えぬ異様な期待の為に心臓が破れ相であった。ともすれば、飛んでもない流行歌などを大声にわめき相になって、ハッと口を押える事も屡々であった。
 あんた方は、復讐鬼の舌なめずりを不快に思いますか。わしを憎みますか。イヤ、お隠しなさるな。あんた方の顔は妙に歪んでいるじゃありませんか。あんた方の目は、何かいまわしい獣物でも見る様にわしを睨みつけているじゃありませんか。尤もです。わしは当時復讐の一念にこり固まった一匹の獣物でしかなかった。併しね、あんた方には、そういう獣物の気持は(とて)も想像出来ますまいよ。わしは最早人間ではなかった。怒りも喜びも悲しみも、人間世界のものではなかったのじゃ。
 やがて、待ちに待ったわしと瑠璃子との結婚式の日が来た。
 本来ならば、老人と後家との婚礼のこと故、なるべく目立たぬ様、質素に取行うべきであったが、わしは復讐劇の最後の舞台を、思い切り華やかに効果的にする為、世間の思惑など考えず、飛び切り派出な披露宴を催した。
 S市は白髪の老翁里見重之と美人後家大牟田瑠璃子の不思議な婚礼の噂で湧立っていた。新聞はわし達の写真を大きく掲げて、この劇的な結婚を(はや)し立てた。瑠璃子の謂わば不謹慎な行動について、大牟田家から苦情が出たりして、騒ぎは一層大袈裟になった。だが、どの様な故障も、わしの底知れぬ金力の前には、何の力もなかった。
 婚礼の前日、わしは瑠璃子の住いを訪ねて、恋人としての最後の対面をした。奥まった日本座敷に、わし達は二人切りであった。
 瑠璃子は生娘(きむすめ)の様にソワソワして、どこか不安らしくさえ見えたが、その代り美しさは飛び切りであった。
 アア、この愛らしい女が、間もなくわしの前で断末魔のうめき声を立てるのか。この可愛い笑顔が苦悶の為に捻れ歪むのかと思うと、わしは躊躇を感じるどころか、その光景を想像した()けでも、快さに喉が鳴る程であった。一人の犠牲者を屠って血に狂ったわたしの心は、最早全くけだものになり切ってしまっていたのだ。
 わし達は婚礼の式場の事や、明日からの楽しい生活について、色々と語り合ったが、瑠璃子はふとこんなことを云い出した。
「こうしてお話するのも今日限りですわね。あすからは……」
 里見夫人として、無尽蔵の財産を自由にする身の上になるのだとは云わなかった。
「それについてね、あたし、何だか気掛りなことがありますの」
「気掛りなこと? アア分った、お前は川村君のことを考えているんだね。あんなにお前を愛していた」
「エエ、それもよ。妙ですわね。あたし旅から帰って一度も川村さんにお目にかかりませんのよ。どうなすったのでしょう」
「お前の留守中に、あの男の歓迎会を開いたことは知っているね。それっ切りわしも逢わないのだよ。伯父さんの遺産相続で成金になったものだから、浮々と、方々遊び廻ってでもいるのだろう」
「そうでしょうか。本当を云うと、あたし昨日(きのう)、通りがかりに一寸(ちょっと)川村さんのお宅へ伺って見ましたのよ。しますとね、妙じゃありませんか、傭人も何もいなくなって、空家みたいに戸が締切ってあって、お隣で尋ねても、お引越しをなすったのかも知れませんなんて返事なんでしょう。何だか気掛りですわ」
「お前の仕打ちを恨んで、自殺でもしたんじゃないかと、心配しているんだね。安心おし、川村の居所は、実はわしがよく知っているよ。婚礼が済んだら、きっとあの男に逢わせて上げるよ」
「マア、ご存知ですの。どこにいらっしゃいますの。遠方ですの?」
「ウン、遠方と云えば遠方だけれど、ナニ逢おうと思えば訳はないのだよ。……だが、お前が気掛りだというのは、もっと別のことらしいね。云ってごらん。一体何をそんなに心配しているの?」
 わしは、川村のことをこれ以上話していては危険だと思ったので、それとなく話題を変えた。瑠璃子もそれに乗って、彼女が一番気にしていることを思い出した。
「それは、あの、あたし、見せて頂き度いものがありますの」
「ホウ、見たいものだって? アア分った。いつか話した黄金の仏像かい」
「イイエ」
「じゃ、わしの持っている沢山の宝石が見たいのかい」
「イイエ」
 瑠璃子は何故か云いにく相に、わしにばかり喋らせて、かぶりを振っている。
「ハテナ、その(ほか)にお前が見たいものなんて、一寸想像が出来ないね。云ってごらん。何も遠慮することなんかありゃしない」
「あのう……」
「ウンなに?」
「あなたのお顔が見たいのよ」
 瑠璃子は思い切った様に云った。
「エ、わしの顔? なにを云っているんだ。わしの顔はこうしてちゃんと見ているじゃないか」
「でも、……」
「でも?」
「あなたはいつも、そんな大きな色眼鏡をかけていらっしゃるのですもの」
「アア、そうか、お前はわしの目が見たいと云うのだね」
「エエ、一度その眼鏡をはずして、あなたのお目をよく見たいのよ。何だか変ですわ。妻が夫の目を見たことがないなんて」
 瑠璃子は遠慮勝ちに尋ねた。彼女は何かしら不安を感じている様子だ。
「ハハハ……、この眼鏡かね。これは滅多なことでは(はず)さないのだよ。例えば婚礼とか臨終とか、そんな風な一生涯の大事の場合の外はね。わしは熱帯地方の烈しい日光の為に目を痛めて以来、医者からお日さまを見ることをかたく禁じられているのだよ」
 わしは眼鏡の奥で目を細くして答えたものだ。
「それじゃ、今おはずしなさってもいいじゃありませんか。今日はその婚礼の前日なんですもの」
「マア、お待ち。なにもそんなにせくことはないよ。いよいよ婚礼の儀式が済んだら、きっとこれをはずして見せて上げる。あすの晩、ね、あすの晩こそ、お前の見たがっているものを、何もかも見せて上げるよ。わしの目も、わしの莫大な財産や宝石類も、それから、お前の逢いたがっている川村君の居所も、すっかり見せて上げるよ。マア、それまで待ってお出で。あすの晩こそ、わし達にとっては、実にすばらしい夜なのだよ」
 そう云われると、瑠璃子は強いてわしの目を見ようと主張はしなかった。そして、嬉しさと一抹の不安との混り合った表情で、あどけなく、ニッコリ笑って見せた。振いつき()い様な愛らしい笑顔で笑って見せた。この不思議な約束に、どの様な恐ろしい意味が含まれているかも知らないで。

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