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虫(20)

时间: 2023-09-19    进入日语论坛
核心提示: 大急ぎで洋服に着換えて、再び門を出た時も、彼はどこへ行こうとしているのだか、まるで見当がついていなかった。その癖、彼の
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 大急ぎで洋服に着換えて、再び門を出た時も、彼はどこへ行こうとしているのだか、まるで見当がついていなかった。その癖、彼の頭は脳味噌がグルグル廻る程、忙しく働いていた。真空、ガラス箱、氷、製氷会社、(しお)づけ、防腐剤、クレオソート、石炭酸、…………死体防腐に関するあらゆる物品が、意識の表面に浮上(うきあが)っては沈んで行った。彼は町から町へ、無意味に車を走らせた。そして、非常な速度を出している癖に、同じ場所を幾度も幾度も通ったりした。ある町に氷と書いた旗の出ている家があったので、彼はそこで車を降りて、ツカツカと家の中へ這入って行った。(みせ)()に青ペンキを塗った大きな氷室(ひょうしつ)が出来ていた。「もし、もし」と声をかけると、奥から四十ばかりのお神さんが出て来て、彼の顔をジロジロと眺めた。「氷をくれませんか」と云うと、お神さんは面倒臭そうな風で、「いか程」と()いた。無論彼女は病人用の氷の積りでいるのだ。
「アノ、頭を冷すんですから、沢山(たくさん)()りません。少しばかり分けて下さい」
 内気の虫が、彼の言葉を、途中で横取りして、まるで違ったものに飜訳してしまった。
 (なわ)でからげて(もら)った小さな氷を持って、車に乗ると、彼は又当てもなく運転を続けた。運転台の床で氷がとけて、彼の靴の底をベトベトにぬらした時分、彼は一軒の大きな酒屋の前を通りかかって、そこの店に三尺四方位の上げ蓋の箱に、鹽が一杯に盛り上っているのを発見すると、又車を降りて、店先に立った。だが、不思議な事に、彼はそこで鹽を買う代りに、コップに一杯酒をついで貰って、車を止めたのはそれが目的でもあったかの様に、グイとあおった。
 何の為に車を走らせているのか、分らなくなってしまった。ただ、何かにウオーウオーと追駈けられる気持で、せかせかと町から町を走り廻った。呑みつけぬ酒の為に、顔がかっかとほてって、肌寒い気候なのに、額にはビッショリ汗の玉が発疹(はっしん)した。そんなでいて、併し、頭の中の、彼の屋敷の方角に当る片隅には、絶えず芙蓉の死体が鮮かに横わっていた。そして、その幻影のクッキリと白い裸体が、焼け焦げが拡がる様に、刻々に蝕まれて行くのが、見えていた。「こうしてはいられない。こうしてはいられない」彼の耳元で、ブツブツブツブツそんな呟きが聞えた。
 無意味な運転を二時間余り続けた頃、ガソリンが切れて、車が動かなくなった。しかも、それが丁度ガソリン販売所のない様な町だったので、車を降りてその店を探し廻り、バケツで油を運搬するのに、悲惨な程間の抜けた無駄骨折りをしなければならなかった。そして、やっと車が動く様になった時、彼は始めて気附いた様に「ハテ、俺は何をしていたのだっけ」と暫く考えていたが、「アアそうだ。俺は朝飯をたべていないのだ。婆やが待っているだろう。早く帰らなければ」と気がついた。彼は側に立止って彼の方を見ていた小僧さんに道を()いて、家の方角へと車を走らせた。三十分もかかって、やっと吾妻橋へ出たが、その時また、彼自身のやっていることに不審を抱いた。「御飯」のことなどとっくに忘れていたので、車を徐行させて、ボンヤリ考え込まなければならなかった。だが、今度は意外にも、天啓(てんけい)の様にすばらしい考えがひらめいた。「チェッ、俺はさっきから、なぜそこへ気がつかなかったろう」彼は腹立たしげに呟いて、併し晴々した表情になって、車の方向を変えた。行先は本郷の大学病院わきの、ある医療器械店であった。
 白く塗った鉄製の棚だとか、チカチカ光る銀色の器械だとか、皮を()いた赤や青の毒々しい人体模型だとか、薄気味悪い品物で(うず)まっている、広い店の前で、彼は暫く躊躇していたが、やがて影法師みたいにフラフラとそこへ這入って行くと、一人の若い店員を(とら)えて、何の前置きもなく、いきなりこんなことを云った。
「ポンプを下さい。ホラ、あの死体防腐用の、動脈へ防腐液を注射する、あの注射ポンプだよ。あれを一つ売って下さい」
 彼は相当ハッキリ口を利いたつもりなのに、店員は「へ?」と云って、不思議相に彼の顔をジロジロ眺めた。彼は、今度は顔を真赤にして、もう一度同じことを繰返した。
「存じませんね、そんなポンプ」
 店員はボロ運転手みたいな彼の風体(ふうてい)を見下しながら、ぶっきら棒に答えた。
「ない筈はないよ。ちゃんと大学で使っている道具なんだからね。誰か(ほか)の人に訊いて見て下さい」
 彼は店員の顔をグッと(にら)みつけた。果し合いをしても構わないといった気持だった。店員はしぶしぶ奥へ這入って行ったが、暫くすると少し年とった男が出て来て、もう一度彼の註文を聞くと、変な顔をして、
「一体何にお使いなさいますんで」
 と尋ね返した。
「無論、死骸の動脈へフォルマリンを注射するんです。あるんでしょう。隠したって駄目ですよ」
「御冗談でしょう」と番頭は泣き笑いみたいな笑い方をして、「そりゃね、その注射器はあるにはありますがね。大学でも時たましか註文のない様な品ですからね。あいにく手前共には持合せがないのですよ」と一句一句、叮嚀に言葉を切って、子供に物を云う様な調子で答えた。そして、気の毒相に柾木の取乱した服装を眺めるのだった。
「じゃ、代用品を下さい。大型の注射器ならあるでしょう。一番大きい奴を下さい」
 柾木は自分の言葉が自分の耳へ這入らなかった。ただ轟々(ごうごう)(のど)の所が鳴っている様な感じだった。
「それならありますがね。でも、変だな。いいんですか」
 番頭は頭を掻きながら、躊躇していた。
「いいんです。いいからそれを下さい。サア、いくらです」
 柾木は震える手で蟇口(がまぐち)を開いた。番頭は仕方なく、その品物を若い店員に持って来させて、「じゃあまあお持ちなさい」と云って柾木に渡した。
 柾木は金を払って、その店を飛び出すと、それから、今度は近くの薬屋へ車をつけて、防腐液をしこたま買求め、(あわただ)しく家路についたのであった。

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