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目羅博士の不思議な犯罪(14)

时间: 2023-09-19    进入日语论坛
核心提示: で、つまり鏡の影と一致させる為に、僕は首を吊らずにはいられなくなるのです。向側では自分自身が首を吊っている。それに、本
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 で、つまり鏡の影と一致させる為に、僕は首を吊らずにはいられなくなるのです。向側では自分自身が首を吊っている。それに、本当の自分が、安閑(あんかん)と立ってなぞいられないのです。
 首吊りの姿が、少しも(おそろ)しくも(みにく)くも見えないのです。ただ美しいのです。
 絵なのです。自分もその美しい絵になり度い衝動を感じるのです。
 若し月光の妖術の助けがなかったら、目羅博士の、この幻怪なトリックは、全く無力であったかも知れません。
 無論お分りのことと思いますが、博士のトリックというのは、例の蝋人形に、こちらの部屋の住人と同じ洋服を着せて、こちらの電線横木と同じ場所に木切れをとりつけ、そこへ細引でブランコをさせて見せるという、簡単な事柄に過ぎなかったのです。
 全く同じ構造の建物と、妖しい月光とが、それにすばらしい効果を与えたのです。
 このトリックの恐ろしさは、(あらかじ)めそれを知っていた僕でさえ、うっかり窓枠へ片足をかけて、ハッと気がついた程でした。
 僕は麻酔から醒める時と同じ、あの恐ろしい苦悶と戦いながら、用意の風呂敷包みを開いて、じっと向うの窓を見つめてました。
 何と待遠しい数秒間――だが、僕の予想は的中しました。僕の様子を見る()めに、向うの窓から、例の黄色い顔が、(すなわ)ち目羅博士が、ヒョイと覗いたのです。
 待ち構えていた僕です。その一刹那(せつな)を捉えないでどうするものですか。
 風呂敷の中の物体を、両手で抱き上げて、窓枠の上へ、チョコンと腰かけさせました。
 それが何であったか、ご存じですか。やっぱり蝋人形なのですよ。僕は、例の洋服屋からマネキン人形を借り出して来たのです。
 それに、モーニングを着せて置いたのです。目羅博士が常用しているのと、同じ様な奴をね。
 その時月光は谷底近くまでさし込んでいましたので、その反射で、こちらの窓も、ほの白く、物の姿はハッキリ見えたのです。
 僕は果し合いの様な気持で、向うの窓の怪物を見つめていました。畜生(ちくしょう)、これでもか、これでもかと、心の中でりきみながら。
 するとどうでしょう。人間はやっぱり、猿と同じ宿命を、神様から授かっていたのです。
 目羅博士は、彼自身が考え出したトリックと、同じ手にかかってしまったのです。小柄の老人は、みじめにも、ヨチヨチと窓枠をまたいで、こちらのマネキンと同じ様に、そこへ腰かけたではありませんか。
 僕は人形使いでした。
 マネキンのうしろに立って、手を上げれば、向うの博士も手を上げました。
 足を振れば、博士も振りました。
 そして、次に、僕が何をしたと思います。
 ハハハ……、人殺しをしたのですよ。
 窓枠に腰かけているマネキンを、うしろから、力一杯つきとばしたのです。人形はカランと音を立てて、窓の外へ消えました。
 と殆ど同時に、向側の窓からも、こちらの影の様に、モーニング姿の老人が、スーッと風を切って、遙かの遙かの谷底へと、墜落して行ったのです。
 そして、クシャッという、物をつぶす様な音が、(かす)かに聞えて来ました。
 ………………目羅博士は死んだのです。
 僕は、()つての夜、黄色い顔が笑った様な、あの醜い笑いを笑いながら、右手に握っていた(ひも)を、たぐりよせました。スルスルと、紐について、借り物のマネキン人形が、窓枠を越して、部屋の中へ帰って来ました。
 それを下へ落してしまって、殺人の嫌疑をかけられては大変ですからね」
 語り終って、青年は、その黄色い顔の博士の様に、ゾッとする微笑を浮べて、私をジロジロと眺めた。
「目羅博士の殺人の動機ですか。それは探偵小説家のあなたには、申し上げるまでもないことです。何の動機がなくても、人は殺人の為に殺人を犯すものだということを、知り抜いていらっしゃるあなたにはね」
 青年はそう云いながら、立上って、私の引留める声も聞えぬ顔に、サッサと向うへ歩いて行ってしまった。
 私は、もやの中へ消えて行く、彼のうしろ姿を見送りながら、さんさんと降りそそぐ月光をあびて、ボンヤリと捨石(すていし)に腰かけたまま動かなかった。
 青年と出会ったことも、彼の物語も、はては青年その人さえも、彼の所謂「月光の妖術」が生み出した、あやしき幻ではなかったのかと、あやしみながら。

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