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魔术师-異様な捕物

时间: 2023-09-20    进入日语论坛
核心提示:異様な捕物 さて、怨霊のたたりは、それで終ったのではない。善太郎氏の次には三人の兄妹がある。彼等は父の死を悲しんでいる暇
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異様な捕物


 さて、怨霊のたたりは、それで終ったのではない。善太郎氏の次には三人の兄妹がある。彼等は父の死を悲しんでいる暇もなく、早くも()つぎ(ばや)に襲いかかる怨霊の魔力に悩まされなければならなかった。
 一郎と二郎とは、西洋風に毎朝ベッドの中で、コーヒーを飲む癖があった。その朝も(善太郎氏の葬儀をすませて数日後のことだ)小女の持って来たコーヒーを飲んだが、間もなく、烈しい腹痛を覚え、()(くだ)しを始めた。
 二人とも、その朝のコーヒーが余り苦かったので、半分程しか飲まなかったが、若しすっかり飲んでいたら、一命にも関するところであった。分析の結果、コーヒーの中に、ある毒物が混入してあったことが分ったのだ。召使一同厳重に取調べられたが、一人も疑わしい者はなかった、皆永年(ながねん)玉村家の恩顧(おんこ)を受けたものばかりであった。
 今度は毒蛇ではない。あのいまわしい生物(いきもの)は、已に死んでしまった。仮令生きていたところで、蛇が毒薬を混ぜる筈もないのだ。やっぱり人だ。だが、復讐鬼一味のものは、今は一人も残っていないことが明らかになっているではないか。とすると……とすると……いくら考えても、全く不可解と云う外はない。
 (こう)じ果てた波越警部は、今日も又、彼の唯一の智恵袋明智小五郎を訪ねて、残念ながらその教えを乞う外はなかった。
 開化アパートの書斎へ警部が入って行った時、明智は、机の上に大型の書物を開いて、読み()っている様に見えた。グロースの犯罪心理学だ。
「読書ですか」
 波越氏が、独逸(ドイツ)語の(ページ)を覗き込みながら、云った。
「イヤ、本を開いて、考えごとをしていたのです。読んでいた訳ではありません」
 明智が、ボンヤリした顔を上げて、答えた。
「何を考えていたのです。奥村源造の怨霊についてですか」
「イイエ、もっと人間らしいことです。美しい幻です。僕だって、犯罪以外のことを考えない訳ではありません」
「ホウ、美しい幻? 景色ですか。絵ですか。それとも歌ですか」
 警部も柄にない云い方をする。
「もっと美しいものです。人の心です。純情です」
「純情? といいますと」
「奥村文代を、早く出獄させてやる訳には行かぬでしょうか」
「アア、賊の娘の文代ですか。成程成程、あの娘は可哀相です。あれは最初から、我々の味方だったのですからね。悪魔の様な父親との間にはさまって、どんなにか心を痛めたことでしょう。無論無罪放免ですよ。ただ時期の問題です」
「いつ頃でしょう」
「ハハハ……、あなたの美しい幻というのは、つまりその文代のことだったのですね。あの美しい文代が、あなたの為に、どれ程つくしたかということは、僕もよく知っていますよ。文代の恋がなかったら、玉村家の人は、とっくに死に絶えていたのですからね」
「僕はなぜか、あの娘のことが忘れられないのです。父親とは似てもつかぬ、身も心も美しいあれの幻が、目先にちらついて仕方がないのです」
 明智は子供らしく、ありのままを告白して、少し顔を赤らめさえした。
「仮令犯罪者の娘でも、文代なれば、あなたがどれ程親しくなさろうと、僕は苦情を云いませんよ。あんな純情の女は滅多にあるものではありません。……玉村の妙子さんと比べても、決して見劣りがしませんからね。顔も心も」
 明智は妙子の名を聞くと、なぜか(まゆ)をしかめた。
 妙子とは嘗つてS湖畔にボートを浮べて、友達というよりは、恋人の様に語り合った記憶がある。玉村家の事件に手を染めたのも、妙子さんの切なる依頼があったからだ。波越警部も薄々それは感づいていたに違いない。と思うと、恥かしさ、腹立たしさに、彼は不快の表情を隠すことが出来なかった。今では彼は妙子がゾッとする程嫌いなのだ。文代を知ったからばかりではない。もっともっと深い理由があった。
 波越警部は、明智のこの心持を察しる程敏感ではなかった。彼は云いたいままを口にした。
「妙子さんと云えば、今度の毒薬事件について、あなたが冷淡だといって、不平をこぼしていましたっけ。もっと熱心になって下さる様に、お願いしてくれということでしたよ」
 明智は黙って、やっぱり眉をしかめたままだ。返事をするのも不愉快だという顔付である。
「イヤ、妙子さんばかりじゃない。僕も実は、あなたの本当の御意見が聞き度いのです。あなたは玉村善太郎氏が殺された時、この犯罪は高等数学だと云いましたね。僕はその後ずっと、あれが気掛りになっているのです。どう考えて見ても、その意味が分らないのです」
 波越氏は、話を本題に導いて行った。
「凡ての既成観念をうっちゃってしまうのです。赤ん坊の様な単純な頭になって、出直すのです。大人というものは、浮世の雑念に捉われ過ぎて、却って本当のことが分らない。ありありと見えている物が、見えないのです」
 明智は禅宗坊主みたいな云い方をした。探偵学もある意味で禅と同じ様なものかも知れない。こいつが、実際家の波越警部には一番苦手だ。彼は苦笑しながら、
「サア、そこが分らないのですよ。君の所謂(いわゆる)『盲点』という奴でしょうが、僕には、そのありありと見えているものが、まるで見えないのです。併し、あなたには、本当にそれが見えているのですか」
 と逆襲した。
「見えていますとも」
 明智は平然として答えた。
「すると、つまり、君は玉村氏を殺し、一郎二郎の兄弟に毒を盛った真犯人を、知っている訳ですか」
 警部の鉾先(ほこさき)は益々鋭い。併し、明智は少しも驚かぬ。
「知っているのです」
 驚いたのは警部の方だ。無理もない。この素人探偵は、警察があれ程騒いでも、片鱗(へんりん)さえ掴み得ぬ謎の犯人を、知っているというのだ。
「まさか冗談ではありますまいね。僕は真面目(まじめ)なのです」
「冗談ではありません」
「では、聞かせて下さい。その真犯人は何者です。どこにいるのです」
 波越警部は、意気込み烈しくつめよった。
「今夜十時まで待って下さいませんか。決して逃げる心配はありません。かっきり十時に犯人をお引渡ししましょう」
 明智はまるで、ありふれた世間話でもしている調子だ。
「エ、エ、なんですって、すると君は、その犯人を已に捉えているのですか。どこです。どこにいるのです」
「そんなに慌てることはありません。今、その場所を云いますから、よく覚えて下さい。そして、あなた一人で、かっきり十時に、そこへ来て下さい。多分犯人をお引渡し出来ると思います。場所は本郷(ほんごう)区のK(まち)です。電車で云えば肴町の停留所で下車して、団子坂(だんござか)の通りを右へ、三つ目の細い横町を左へ折れて、生垣(いけがき)に挟まれた道を一丁程行くと、石の門のある古い西洋館があります。まるで化物屋敷みたいな、あれ果てた空家同様の建物です。その石門を入って、建物の裏へ廻ると、三つ並んだ窓があります。その一番左の端の窓が開いていますから、そこから部屋の中へ入って下さい。電燈もない真暗闇ですが、その闇の中に僕がお待ちしている訳です。少しも危険はありません。必ず一人でお()で下さい」
 明智の云うことは愈々変だ。何という奇妙な捕物であろう。
「よく分りました」警部は明智の指定した道順を復誦(ふくしょう)して見せた。「だが、どうして君はその犯人を探し出したのです。そいつは一体何者です」
「非常に意外な人物です。無論あなたもご存じの者です」
「誰です、誰です」
 警部は思わずせき込んで尋ねる。
「……」
 明智が、波越氏の耳に口を寄せて、何事かボソボソと囁いた。
「そ、そんな馬鹿なことが!」
 警部は飛上らんばかりに驚いて叫んだ。
「あり得ないことです。いくらなんでも……何か確証があったのですか。それについて」
「詳しく云わなければ分りませんが、無論証拠もあるのです」
 それから、明智は三十分程もかかって、その真犯人を発見するに至った顛末(てんまつ)を、詳しく物語った。それを聞いてしまうと、波越氏もやっと明智の意見に承服した。そして、十時には必ず指定の場所へ行くことを約して、辞し去った。

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