ある夜遅く、NHKからタクシーに乗った。放送センターの構内から出るや、運転手さんが言った。
「タバコ、吸っていいですよ」
「え?」
「会議が何かだったんでしょ。ご遠慮なく」
ルームミラーに映る運転手さんの目は優しく笑っている。私は不思議な気がして聞いた。
「女の人たち、タクシーでタバコ吸うことが多いんですか?」
「多いですよォ。車に乗ってすぐに『運転手さん、タバコ吸っていい?』って言うのは八割がた女です。男は車に乗ってすぐ吸うって人はまずないね」
「へえ。それって意外だなァ」
「でしょう。やっぱり女はあまり人前で吸うわけにはいかないんじゃないですか。夜遅く会社から乗る女の人ってのは、ほとんどが会議や何かでしょう。疲れて一服したくてもしにくいし、それでタクシーが乗るとすぐなんじゃないかねぇ。お客さんもてっきりそのクチかと思ったんで、どうぞって言ったんだけどね」
運転手さんの分析はかなりいいとことを突いていると私は思う。人前でタバコを吸うことをためらう女は、この時代にあってもかなり多い気がする。それは禁煙、嫌煙が進んでいる今、他人に迷惑をかけたくないという思いもあろう。が、私個人の意見だが、やっぱり「男にとっていい子」でいたい女は、人前では吸えないのだと思う。「タバコを吸う女」というだけで、少なからず見る目を変えてしまう男というのは確かにいるだから。
「タバコを隠れて吸うなんて情けないわよ。悪いことしてるわけじゃないんだし」という声は正論だが、私はトイレやタクシーの中で、隠れて吸う女の気持ちのほうがよくわかる。男に愛されたい以上、マイナス要素を隠れたいのは当然のこと。しかし、確かにみじめてあり、切なくもある。一番いいのはタバコをやめることだろうか。