ずいぶん前のことになるが、大手の建設会社から、私のところへ大きな郵便物が届いた。何の面識もないし、いったいどうしたんだろうと思いながら封を開けたら、中から出てきたのは新しくできたオフィス?ビルのパンフレットであった。都心の一等地にあってホテルのフロントのように係員が常時待機している。オフィスも広くて大きなソファーもある。ファクシミリからワープルまであって、何から何まで、至れり尽くせりの大サービスなのである。
「すごいわねえ」
と思いつつ、私の目は無意識のうちに、家賃がいくらか捜していた。そんな私の目にとまったのは、「三十万円から五十万円」という一行である。
「やっぱり高いなあ」
とため息をついたものの、どうも変なのである。もう一度よくよく見たら、私が家賃だと思ったのは共益費で、家賃は何と百万から二百万なのであった。家賃よりも共益費の数字の文字が大きいのはずるい。先方は何かのリストをもとにして、手当たりしだいにパンフレットを送ったのだろうが、私にはとうてい払える代物ではないのであった。
何年もひとっところにいると、世間の家賃の相場からだんだん感覚がかけ離れていってしまう。不動産屋の店頭に貼りだしてある物件の値段を見たりすると、こんなに上がっているのかと、またため息である。外から見て感じのいいマンションだったので、管理人さんに空き室状況と値段を聞いたらば、2LDKで三十万円、2LDKだと四十五万円といわれてしまって、よろよろとよろめきながら、1LDKの我の家へ帰ってきたこともある。
このままでは、一度、 賃貸住宅に住んだら、よほどのことがない限り、引っ越せなくなってしまうではないか。持ち家ははなからあきらめて、引っ越しが唯一の気分転換だった私にとっては、頭がくらくらするような現実であった。それにしても四十五万円のマンションには、いったいどんな悪いことをしている人が住んでいるのだろう。