医学的に「夫源病」という病気はないが、夫が妻の体調悪化の一因になることは多い。
50歳前後に訪れる更年期は、年をさらに重ねる時期。昔の人の寿命は短かったので、ある意味更年期で苦しむことはなかったかもしれない。だが現代の50代前後は見た目も若く、体力、知力とも充実しているので、更年期症状が表れるまで自分の衰えを自覚できない人も多いだろう。
寿命が延びたとはいえ、女性が50歳前後で閉経を迎えるとホルモン分泌量が急激に減って体調は悪化する。この時期、妻は子育てが一段落し、自分の人生を見つめ直す時でもある。あまりに子育てに力を入れすぎ、しかも夫との関係が冷え切っていたら、いわゆる「空の巣症候群」として燃え尽きるかもしれない。男性も生物としての体力、気力が衰えてくる更年期は、会社や家族内での立ち位置が大きく変わるころだ。
◇すべての女性に更年期症状が出るわけではない
女性の更年期症状の治療は、一般的にはホルモン補充や漢方薬などで行われる。ただ、ホルモン補充療法は一時副作用が強調されて今はあまり盛んではないようだ。漢方薬も劇的な効果は期待できない。
私が診察する場合は、夫婦間のいろいろな問題をうかがって、うつ状態なら抗うつ薬など精神的な薬を処方する。女性の更年期症状の主な原因が女性ホルモン減少であることは否定しないが、それならほぼすべての女性が更年期症状で悩むはずだ。
漢方薬・サプリメントを通信販売する会社「日本ヘルスケアアドバイザーズ」が36~55歳の女性1358人を対象に実施した調査(17年)では、52.3%の人に更年期症状があった。特に50代は72.2%だった。
医師に相談した人はわずか17.5%で、多くの女性は誰にも相談していなかった。では、50代女性の多くが悩んでいる更年期症状がなぜ、すべての女性に表れないのだろうか?
ホルモンが十分にある若い女性や、閉経して10年以上たった女性も更年期症状に悩まされることがある。ホルモン減少だけでは説明がつかない。私は女性の更年期症状を理解してもらうために、女性ホルモンとストレスのバランスの話をよくする。
一般に、若い時はストレスをホルモンがカバーするので問題は起きないが、閉経後はホルモンが減り、ストレスで更年期症状が出る。閉経後も快適に過ごす女性は、ホルモンが減っても、同時にストレスが少なくなっているのかもしれない。
ホルモンが多い若い時に更年期症状が出る人は、ホルモンでカバーできないほどの過剰なストレスにさらされている可能性がある。
◇「人生の下り坂」を夫婦2人で歩む
では妻のストレスの原因は何だろうか? 仕事や子育て、親戚、近所付き合いなどさまざまなストレスがあると思うが、私は残念ながら「夫」が一番問題だと感じている。
私の男性更年期外来には、まじめで責任感が強く、仕事のストレスで精神的に追い込まれた多くの中高年男性がやって来る。こうした男性を夫に持つ妻は、家庭でも細かいところに気が付くのか、夫の症状を感じて緊張感が強く、疲れていることが多い。妻も50歳前後なのでホルモンが減っている。女性外来や更年期外来に通院し、ホルモンや漢方治療をしているが症状は一進一退だ。
そこで、私が夫の治療を開始し、本人が気楽に考えるようになるだけで、妻の緊張感も緩み、短期間で症状が改善する例をたくさん経験した。その経験を記したのが、11年に出版した「夫源病-こんなアタシに誰がした-」(阪大リーブル031)。おかげさまで大きな話題になった。
妻が更年期で体調が悪い時は、夫の言動が重要だ。「更年期症状なんて誰でも経験する。そのうち治るさ」などと言って無視すると、妻の体調は悪化する。夫にはどうすることもできない症状だが、優しく慰めるだけで症状が和らぐことがある。
夫婦がお互いに人生の下り坂にあることを理解し合い、どうしようもないことでも口に出してグチを言い合い、お互いに耳を傾けることが、更年期を乗り切る良い方法だと私は思っている。