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不夜城(60)

时间: 2018-05-31    进入日语论坛
核心提示:60「はい」 呼び出し音がきっかり三回鳴った直後に、楊偉民《ヤンウェイミン》のひび割れた声が聞こえてきた。「おれだよ」「ど
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 60
 
 
「はい」
 呼び出し音がきっかり三回鳴った直後に、楊偉民《ヤンウェイミン》のひび割れた声が聞こえてきた。
「おれだよ」
「どうした?」
「いろいろやってくれるじゃないか。まさか、葉暁丹《イェシァオダン》を動かすとは思ってもいなかったよ」
「なんのことだかわからんな」
「まあいいさ。じたばたしたくなる気持ちはよくわかる」
「用がないなら切るぞ」
「黄秀紅《ホヮンシウホン》に男がいる。誰だか知らないか?」
 電話回線に沈黙が降りた。煙草に火をつけ、待った。
「初耳だ」
 ぼそりといった感じの、楊偉民の声がやっと聞こえてきた。
「調べられるかい?」
「やってみる。二時間後にもう一度電話をくれ」
「わかった。なにをしてもいいけど、今夜の約束だけは忘れるなよ」
「くどい」
「なんなら、夏美と電話をかわろうか?」
 楊偉民はなにもいわずに電話を切った。馬鹿げているとはわかっていたが、してやったりという爽快感があって、顔に浮かぶ笑みを抑えることができなかった。
 いったん受話器をおろし、今度は〈カリビアン〉のダイアルを押した、呼び出し音が二回鳴って、留守録のメッセージが流れ出した。暗証番号を押して、メッセージを確認する。
 遠沢からだった。
「呉富春の件で千葉にいる。これから東京に戻るが、早く話を聞きたいっていうなら、携帯に電話をくれ」
 その後に携帯の番号が吹きこまれていた。遠沢が携帯電話を手に入れたとは知らなかった。故買屋をやめて盗聴屋になった方がよっぽど儲かるかもしれない。
 電話が入った時は一時ちょっとすぎ。おれは腕時計を見た。もうすぐ、二時を回るところだった。富春の居場所は掴んでいるのだから、もう遠沢の情報はいらなかった。だが、情報はときには金よりも価値を持つ。夜になれば忙しくて遠沢の話を聞いている暇もなくなるのは目に見えていた。
 おれは受話器を置き、後ろを振り返った。道路一本隔てた向かいのマクドナルドのガラス越しに、夏美が手を振っていた。身振りでもう少し待てと伝え、おれは遠沢の携帯電話を呼び出した。
「はい、遠沢」
「劉健一だ。なにかわかったか?」
「もう参ったよ。坂本香子はとんでもないアル中のくそ婆ぁだった。日本語もよくできないし、話を聞き出すのに一苦労だったよ」
「坂本香子?」
「ああ、呉富春のおふくろさ。中国名は陳秀香《チェンシウシャン》……こないだ話しただろう?」
「ああ。そうだったな」
「坂本香子は呉富春にはここ十数年あったこともない。あんなけだものはわたしの子なんかじゃない、みたいなことをいってたよ。酒を飲ませていろいろ聞いたところじゃ、典型的な帰国残留孤児家庭だな。あんたの気に入りそうな情報はほとんどなかった。父親の死因は肺癌で疑いようがないし、長女は大陸で病死してる。刑務所に入っている長男も、やくざになったってだけの話だ」
「もうひとり、妹がいるんじゃなかったか?」
「それだよ、旦那」
 遠沢の声が嬉しそうに弾んだ。
「坂本家のガキどもは死んだ長女を除いて、そろいもそろってクズぞろいらしいが、中でも末娘の呉富蓮《ウーフーリェン》が極め付きだ。日本名は坂本真智子。おれがその娘のことを聞きはじめたら、おふくろさん、悲しいぐらいに取り乱しやがった」
「勿体《もったい》つけるなよ」
「坂本香子は最後までなにも話しちゃくれなかった。しょうがないから近所で調べたんだ。坂本真智子はこの辺じゃ有名人だ。悪ガキどもに股を開いちゃ取り巻きにして、女王様気取りで肩で風をきってたらしい」
 おれは新しい煙草に火をつけた。ときおり雑音が入るが、遠沢の楽しげな声は途切れることなく続いていた。
「高校に入ったころには、中国帰りのヤンキー娘ってんで、ブイブイいわせてた。万引き、かっぱらい、トルエン遊び、リンチ、暴行、売春……なんでもありだ。まあ、ただこれだけじゃどうってことはない。田舎に行けばいくらでも転がってる話だよな。問題はな、坂本真智子は二人の兄きとも寝てたってことだ」
 急に遠沢の声が遠くなった。電波がおかしくなったわけじゃない。おれの心臓が跳ねまわりはじめていた。
「あの頃悪ガキだったやつらには有名な話みたいで、みんな知ってたよ。最初は長男と乳くりあってたそうだ。その長男が懲役を喰らったら、今度は富春。どうも、自分の方から誘ってた節がある。どうだ? 狂暴な兄貴が二人バックについてる上に、平気で近親相姦をするような娘だ。田舎の暴走族なんかすぐにビビっちまうぜ。しかも、ただでやらせてくれるんだ。だれも真智子に逆らうやつはいないよ」
「で、その真智子はいま、どこにいるんだ?」
 おれは立て続けに煙草をふかしながら聞いた。受訴器を握る手が粘つく汗に濡れていた。
「噂を聞いただけで確認したわけじゃないが、名古屋にいるそうだ」
 遠沢は屈託のない声でとどめの銃弾をおれの心臓に撃ち込んだ。
「わかった」
 おれは煙草を唇に張りつかせたままいった。道端に落ちている新聞紙が風に舞ったときに立てる音のような声だった。
「詳しい話は戻ってきたときに聞くよ。手間をかけたな」
「じゃあ、またあとで」
 受話器をおろした。根元まで吸い尽くした煙草が、ちりちりと唇を焦がしていた。その煙草を吹き飛ばしながら、ゆっくり身体を反転させた。
 夏美がコーラのストローをくわえてまっすぐこっちを見ていた。
 王莉蓮《ワンリーリェン》。夏美はそれが本名だといった。小蓮《シャオリェン》。富春は夏美のことをそう呼んだ。王莉蓮に呉富蓮。どちらも小蓮だ。富春と交わした会話が次々に蘇ってきた。へたくそな富春の嘘。そして、とらえどころのない夏美の嘘。ようやく繋がった。
 夏美は坂本真智子。呉富蓮。富春の妹だ。実の兄と寝る女だ。
 おれは両方の掌をジーンズにこすりつけた。それから、軽やかな微笑みを浮かべて、手招きで夏美を呼び寄せた。
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