途中で銃声がした。立ち止まったりはしなかった。楊偉民が銭波を撃ったのだ。楊偉民のシナリオじゃ、とち狂った銑波が銃を抜き、葉暁丹が応戦、結局二人ともくたばったってことなんだろう。おれさえ口をつぐんでいれば、なにも問題はない。もちろん、おれには楊偉民をちくるつもりなどなかった。
玄関には、あの女がいた。おれたちを認めると、女は一瞬だけ眉を曇らせた。だが、なにもしなかった。まるでそうなることを予期してたようだった。
「どいて!」
小蓮が叫んだ。無駄なことだ。女には楊偉民の息が掛かっている。楊偉民はどこまでもしたたかだ。
「楊先生は?」
女は小さな声で訊いてきた。
「あんたの助けがいるんじゃないか」
そう答えながら、靴をひっかけた。銭波の手下が近場にいるのは間違いない。できるだけ急がなきゃならない。
庭を突っ切って、門へ出た。小蓮の息遣いが荒かった。おれも似たようなものだ。門から顔を出し外をうかがった。だれもいなかった。おれたちは葉暁丹の屋敷を飛び出した。
「どうして三人とも殺さなかったの!?」
小蓮が叫んだ。鼻梁《びりょう》に皺《しわ》がより、目が充血していた。
「その必要がないからだ」
葉暁丹の屋敷からはかなり離れたところまで来ていた。歩く速度を落として小蓮の肩を抱き寄せた。
「いいか、おれたちはこれからやりにいく恋人同士だ。車や人と通り過ぎる時は、おれの顔が隠れるようにキスしてくれ」
小蓮は左右に視線を走らせた。その動作が落ち着きを取り戻させたようだった。次におれに向けられた小蓮の目は、充血がかなり薄れていた。
「どうなるの、わたしたち?」
「後のことは楊偉民がうまくやってくれるはずだ。おれたちは、しばらく隠れる」
「なんであの人が……あの人、健一のことを昔は孫も同然だったっていってたわ。だからなの?」
「まさか」
小蓮の甘い考えを、おれは鼻で笑ってやった。
おれたちは播磨《はりま》坂を春日《かすが》通りに向かっていた。行き交う車のライトが当たるたびに、おれは顔を背けた。だが、急ブレーキの音も、おれたちを追ってくる足音も聞こえなかった。
「隠れるって、どこに隠れるか決めてあるの?」
「いや」
「わたし……」
小蓮はいいよどんだ。らしくない仕種。おれは小蓮の横顔を見つめた。そして、小蓮の求めているものを見つけた。
「温泉にでも行くか?」
小蓮は笑った。