「さあ、おまえはおれのものだといってくれ。ふたりで力をあわせて運命を切り開いてい
くんだ」
「ここを離れて?」
「いや、ここで」
彼は両腕で彼女を抱きよせた。
「だめ、だめよ、ジャック! ここではだめなの。どこか遠くへ連れ去って下さらな
い?」
一瞬マクマードの顔が苦しげに曇ったが、すぐにまた石のように固い表情になった。
「いや、ここでいい。ここから一歩も退かずに、エティ、あくまでもおまえを守りぬいて
みせてやる!」
「なぜいっしょによそへ逃げちゃいけないの?」
「いや、エティ、おれはここを離れるわけにはいかないんだ」
「でもどうして?」
「しっぽを巻いて逃げだしたんだと思ったら最後、二度と自信をとりもどせないからさ。
それにだいいち、何をそんなにびくびくしてなきゃいけないんだ? おれたちは自由な国
の自由な市民じゃないのかい? こうしておたがいに愛しあっているのに、いったい誰が
おれたちの仲を裂けるんだい?」
「あなたは知らないのよ、ジャック。まだここへきて間がないからだわ。このボールド
ウィンがどんな男だか知らないのよ。マギンティや彼の率いるスコウラーズのことを何も
知らないのよ」
「そりゃ、そんなものは知りはせんさ。だからといって、恐れもしないし、従う気もな
い! おれはいろんなごろつきたちとずいぶんつきあってきたが、やつらを恐れるどころ
か、いつもしまいにはやつらのほうでおれを恐れだすしまつだった――いつだってだぜ、
エティ。この土地のありさまはどうみたってばかげてるよ! もし連中がだよ、おまえの
おやじさんがいうように、この谷でつぎつぎに悪事を重ねていて、しかも連中の名が知れ
わたっているんだったら、どうしてひとりも罰せられずにすんでるんだい? それに答え
てもらいたいね、エティ!」
「知ってて誰も訴えてでようとしないからだわ。そんなことをすれば、一ヵ月と生きては
いられないもの。それにたとえ訴えたところで、仲間が証言にたって被告のアリバイを
でっちあげるにきまってるんですもの。でもジャック、あなただってこんなことは全部新
聞で読んで知ってるはずだわ! アメリカじゅうのどの新聞にだって出ているはずよ」
「うん、読んだことはあるよ、たしかにね。でもどうせつくり話だろうと思ってたんだ。
たぶん連中にも何かわけがあってやってることなんだろうとか、何かひどい目にあわされ
て、生きのびるためにしかたなくやってるのかもしれないとか考えたりしてね」
「よしてよ、ジャック、あなたまでそんなこといわないで! あの男もそんないいかたを
するのよ――ほら、例の相手よ」
「ボールドウィンか――そいつもこんなふうにいうのかい?」
「だから私、あの男がいやでたまらないのよ。ああ、ジャック、こうなったらほんとうの
ことをいうわ。私、あの男がぞっとするほどきらいなの。でもやはりこわいのよ。もちろ
ん自分の身が心配だからではあるけれど、それ以上に父の身が心配だからなのよ。もし私
が本心をさらけだしたりすれば、何か恐ろしい不幸が私たち親子にふりかかってくるにち
がいないんですもの。だから、いいかげんな約束でごまかしてあの男を避けてるんです。
ほんとうのところ、私たちが助かるにはそうするしかなかったのよ。でももしあなたが私
を連れて逃げて下さるんだったら、ジャック、父もそのときいっしょに連れていけば、あ
とはもうこんなひどい人たちの手のとどかないところでずっと、いっしょに暮らせるんだ
わ」
ここでまたマクマードの顔に苦悩の色がにじみでたが、こんどもすぐ断固とした表情を
とりもどした。
「エティ、おまえをひどい目にあわせるようなことは、おれがぜったいさせやしない――
もちろんおやじさんについてもだ。悪党どものことなら、やつらがいくら悪いったって、
このおれほどの悪人はいないってことが、いまにおまえにもわかるときがくるだろうよ」
「うそ、うそよ、ジャック! 私、あなたを信じてどこまでもついていくわ」
マクマードは苦笑した。
「おやおや、おれのことがちっともわかってないんだなあ! おまえのその無邪気な心
じゃ、いまおれが心の中でどんなことを考えてるかなんて、想像もつくまい。おや、誰が
きたんだろう?」
ドアが突然開いて、若い男がえらそうにふんぞりかえってはいってきた。年の頃とい
い、からだつきといい、ほぼマクマードと同じくらいのさっそうとした男振りのよい若者
である。つばの広いソフト帽をぬごうともせず、わし鼻の端正な顔にすごみをきかせた目
を光らせ、ストーヴのそばにすわっているふたりを憤然とにらみつけた。
エティはさっと立ちあがったものの、すっかりあわてふためいている。
「これはようこそ、ボールドウィンさん。思ったよりお早かったのね。さ、どうぞ、おか
けになって下さい」
ボールドウィンは腰に両手をあててつっ立ったまま、マクマードを見おろしていた。
「これは誰だい?」そっけなくたずねた。
「お友だちなの、ボールドウィンさん――こんどうちに下宿なさったかたよ、マクマード
さんていうの。マクマードさん、紹介しますわ、こちらがボールドウィンさん」
ふたりの若者はむっつりしたまま、軽く会釈をかわした。
「おれとエティとの間柄は、エティからきいているだろうな?」ボールドウィンがいっ
た。
「間柄なんていえるものがあろうとは、知らなかったぜ」
「知らない? じゃ、いま教えてやるよ。おれがいうんだからまちがいないぜ。ここにい
る若い婦人はおれのものだ。さて、今夜は散歩にはうってつけの晩だぜ。どうだい?」
「せっかくだが、あいにく散歩する気分じゃないのでね」
「いやかい?」男の残忍そうな目は怒りに燃えていた。「じゃ、けんかならお気に召すの
かな、下宿人さんよ?」
「もちろん」そう叫ぶと、マクマードはさっと立ちあがった。「そうくるのを待ってた
ぜ」
「おねがい、ジャック! おねがいだからよして!」エティが夢中で叫んだ。「ああ、
ジャック、ジャック、ひどい目にあわされるわ!」
「おや、『ジャック』だって?」ボールドウィンがいまいましそうにいった。「畜生!
もうそんな呼びかたをする仲なのか?」
「ああ、テッド、落ちついてちょうだい――怒らないで! もし私を愛して下さっている
んだったら、テッド、私のためを思って、心を広くもってちょうだい、寛大になって!」
「エティ、ここはおれたちふたりにまかせてくれたら、ことはすぐにけりがつくと思う
よ」マクマードが冷静にいった。「それよか、いっそのことボールドウィンさんよ、
ちょっとそこまで顔を貸してもらおうか。天気のいい晩だし、つぎの横丁の先に空地もあ
ることだからな」