「はじめはにせ金づくりで、それから人殺しをやったあげく、ここなら歓迎されると思っ
てやってきたわけか?」
「まあそんなところです」マクマードは答えた。
「ふむ、おめえなら役に立ちそうだ。で、そのドルはいまでもつくれるか?」
マクマードは、ポケットからコインを五、六枚ばかりとりだしてみせた。「こいつらは
ワシントンの造幣局とは無縁の代物ですよ」
「まさか!」マギンティはゴリラのように毛むくじゃらの大きな手にそれらをとって、燈
にかざしてみた。「ほんものとちっとも見わけがつかねえ! こりゃ、おめえはたいそう
役に立ちそうだぜ。悪党のひとりやふたり受けいれたって、一向にかまわんさ、なあマク
マード。なにしろおれたちだっておれたちだけの力で切り抜けなきゃならないときがあろ
うってものよ。おれたちをおさえつけようってやつらをはね返さなきゃ、じきに壁につき
あたっちまうからな」
「それなら、おれだってほかの連中と力をあわせて、ひと役買いますよ」
「いい度胸をしているらしいな。このピストルを向けてもびくともしやがらなかった」
「危なかったのはおれじゃないですよ」
「じゃ誰だ?」
「あなたのほうですよ、議員さん」マクマードはピー・コートのわきポケットから、撃鉄
をおこしてあるピストルをとりだした。「ずっとあなたにねらいをつけていたんです。撃
つとなりゃ、早さの点では負けなかったはずですよ」
マギンティは顔をまっ赤にして怒ったかと思うと、いきなり大声で笑いだした。
「たまげたな! おめえのようなすげえやつに出くわしたのはほんとうに久しぶりだぜ。
支部はいまにおめえを誇りに思うようになるだろうよ。おや、いったい何の用だ? お客
さまとせっかくふたりきりで話をしてるってえのに、ほんの五分もたたねえうちにおめえ
みてえな野郎にじゃまされなきゃなんねえのかい?」
はいってきたバーテンダーはどぎまぎしてつっ立っていた。
「すみません、議員さん。じつはテッド・ボールドウィンさんが。いますぐお目にかかり
たいそうで」
だがこのとりつぎは不要だった。本人の血相をかえた残忍な顔が、もうすでにバーテン
ダーの肩ごしにのぞきこんでいたからである。彼はバーテンダーを部屋のそとへ押しや
り、ドアをぴたりとしめてしまった。
「そうか、先まわりしたってわけだな」彼は怒り狂った目でマクマードをにらみつけなが
ら、「議員さん、この男のことでちょっとあなたにお話があるんです」
「ならいまここで、おれのいる前でいえよ」マクマードがどなった。
「いつどこでいおうとおれの勝手だ」
「ちょっと待った!」マギンティが酒だるから腰をあげながらいった。「ふたりともよさ
ないか。新しい兄弟ができたんだぜ、ボールドウィン、そんなあいさつのしかたをするも
んじゃねえ。さあ手をだして、仲直りするんだ」
「とんでもねえ!」ボールドウィンは怒りに燃えて叫んだ。
「おれのやったことがいけないというんだったら、けんかでけりをつけようってこの人に
いってやったんです」マクマードがいった。「おれは素手でやったってかまわないんだ
が、この人のお気に召さないのなら何でもこの人のお好きなやりかたにあわせますよ。さ
あ、議員さん、あとのご判断は支部長のあなたにおまかせします」
「いったい何でこんなことになった?」
「若い婦人のことです。誰を選ぼうとそれは彼女の自由ですからね」
「なんだって!」ボールドウィンが叫んだ。
「相手の男がどちらも支部の者ってことになれば、まあそうだろうな」親分がいった。
「おや、それがあなたの判定ですかい?」
「そうだとも、テッド・ボールドウィン」マギンティはじろりとにらみつけた。「おめえ
それに文句をつける気か?」
「あんたはこの五年間ずっとあんたのそばに仕えてきた男を見すてて、いま初めて会った
ばかりのやつの肩をもとうってんですかい? あんたにしたってこのまま一生支部長でい
られるわけでもねえだろうしよ、ジャック・マギンティ。このつぎの選挙のときはきっと
――」
議員は猛虎の勢いで彼にとびかかった。片手で首をしめあげ、酒だるの上に投げ倒し
た。マクマードがとめにはいらなかったら、怒り狂ったあげくしめ殺してしまうところ
だった。
「落ちついて、議員さん! お願いだから、落ちついて下さい!」マクマードは親分をひ
きはなしながら叫んだ。
マギンティが手をはなすと、ボールドウィンはすっかりおびえきって、息を切らせ、ま
るで死の深淵をのぞかされでもしたかのように手足をがたがた震わせながら、押し倒され
ていた酒だるの上に起き直った。
「おめえはまえまえからずっと、一度こういう目にあいたがっていたんだ、テッド・ボー
ルドウィン。さあ、これで気がすんだか」マギンティは大きな胸を波うたせながら叫ん
だ。「おれがつぎの支部長選に落選でもしたら、おめえがおれのあとがまにすわる気でで
もいやがるんだろう。それは支部のきめるこった。だがな、おれが頭 かしら でいるかぎりは、
おれやおれのやりかたに対して誰にも文句はいわせねえからな」
「あんたに文句なんてありませんよ」ボールドウィンはのどをさすりながらつぶやくよう
にいった。
「よし、それじゃ」親分はすぐにまたもとのざっくばらんで陽気な表情にもどって、「こ
れでみんな仲直りできたわけだから、もうこの話しはなしにしようぜ」
彼は棚からシャンペンのびんをとって、栓をぬいた。
「さてと」背の高い三つのグラスにシャンペンをつぎながら、「仲直りを祝って支部の流
儀で乾杯といこう。それであとは、いいか、もううらみっこなしだぜ。では左手をのどぼ
とけにあてて、汝に申す、テッド・ボールドウィン、汝は何を怒れるや?」
「暗雲たれこめたり」ボールドウィンが答えた。
「されどこののち永久に晴れん」
「われそれを誓う」
ふたりはグラスを飲み干し、同じ儀式がボールドウィンとマクマードの間でかわされ
た。
「さあ」マギンティは両手をこすりあわせながら叫んだ。「これでもうすべて水に流すん
だ。このうえまだしつこくこだわったりしたら、支部の裁きをうけるまでだ。同志ボール
ドウィンもよく知っているが、ここの裁きは甘くねえぜ。そのことは同志マクマードも、
何か面倒をおこしたりすりゃ、すぐわかることだがな」
「誓ってそんなことはしないつもりだ」マクマードはボールドウィンに握手を求めた。
「おれはけんかも早いが、忘れるのも早い。人にいわせりゃ、それがアイルランドの血な
んだとよ。熱しやすくさめやすいってわけだ。とにかくおれとしちゃもうすんだことだ、
何のうらみもないよ」
ボールドウィンは、恐ろしい親分が目を光らせているので、さしだされた手をしぶしぶ
握った。だがそのむっつりした顔は、いまの相手の言葉がさっぱり通じていないことを物
語っていた。
マギンティはふたりの肩をぽんとたたいて、叫んだ。
「ちえっ! たかが小娘なんかのことでさわぎやがって! おれのところのわけえものが
ふたりとも、よりによって同じ小娘にほれちまうとはなあ。よくよく運が悪いぜ。とにか
く、間にはさまれた小娘にきめさせるしかねえな。支部長が口をはさむ問題じゃねえ。あ
りがたや神さま、だ。そうでなくたって、問題はほかに山とあるんだからな。さて同志マ
クマード、三四一支部への入会を認めてやる。だがここにはここのしきたりってものがあ
るからな。シカゴとはわけがちがうぜ。土曜日の夜にいつもの集会がある。こんどそれに
顔をだせば、それからはずっとヴァーミッサ谷なら大手をふって歩けるようにしてやる
ぜ」