「あんたは気がやさしすぎるんだ。だからこんな仕事には向いてないんだよ」
「私にはちゃんと良心も信仰もあったのに、あいつらがよってたかってこの私を悪の道に
ひきずりこんでしまいやがった。私は仕事をあてがわれた。もし尻ごみでもしようものな
らどんな目にあわされるかはよくわかっていた。私は臆病者なのかもしれない。たぶん妻
子を思う気持ちがそうさせるのだろう。とにかく私は出かけていった。あのときのことは
一生私の心につきまとうだろう。ここから山をこえて二十マイルほどいったところにある
さびしい一軒家だった。私はゆうべのきみと同じように表の見張りを命ぜられた。肝心な
仕事はまかせられないとみたわけだ。ほかの連中はなかへはいっていった。出てきたとき
は、みんなの手は手首のところまでまっ赤に染まっていた。その場を立ち去ろうとする
と、背後の家の中から子供の泣き叫ぶ声がきこえてきた。なんとわれわれはまだほんの五
つにしかならない男の子の目の前で父親を殺してきたのだ。恐ろしさのあまり気が遠くな
りそうだったが、私はむりやりにでも不敵な笑みを顔をうかべていなけりゃならなかっ
た。もしそうでもしなかったなら、こんどは私の家からあいつらが手を血だらけにして出
てくることになって、父が殺されるのをみて泣き叫ぶのは私のかわいいフレッドというこ
とになるのがよくわかっていたからだ。だがそれでこの私もれっきとした犯罪者になって
しまった――人殺しの共犯ってわけだ。もうこの世ばかりかあの世でも救われることはな
い。私はこれでも信心ぶかいカトリックだが、私がスコウラーズの一員だと知ると神父は
口もきいてくれない。私は破門されてしまったのだ。まあざっとこういったわけなんだ。
で、きみがいま同じ道を歩もうとしているのをみてきくのだが、いきつく先はどういうこ
とになるのかわかってるのかい? やっぱり血も涙もない殺し屋になるつもりかい? そ
れとも何とか手をうってそうならないですませられないものだろうか?」
「あんたならどうする?」マクマードが不意にたずねた。「さつに密告でもするかい?」
「とんでもない! そんなことを考えただけでも命とりになるよ」
「ならいいさ。おれにいわせりゃ、あんたは気が弱いんだよ。事を大そうに考えすぎるん
だ」
「大そうにだって? この土地にもう少し住んでみりゃわかるよ。あの谷をみるがいい。
何百という煙突の吐き出す煙がどす黒くたれこめている。だがあんなものよりももっと暗
くどんよりとした殺人の雲が、あの谷の人々の頭上におおいかぶさっているのだぞ。ここ
は恐怖の谷――死の谷なのだ。日が暮れてから夜明けまでのあいだ、みんなは恐怖におの
のきながらじっと息を潜めているのだ。まあ見ているがいい。きみにもいずれいやでもわ
かるときがくるさ」
「じゃもっとよく見た上で、おれの考えをいってやるよ」マクマードは無造作にいっての
けた。「ただはっきりしていることは、あんたはこの土地にはそぐわないってことだ。だ
から、一刻もはやく店のものを売り払ってしまうにこしたことはない――ふだん一ドルで
売れるものが十セントにも売れりゃいいところだけどさ。今日のあんたがいったことは誰
にもしゃべらない。が、まてよ! まさかあんたが密告したりするようなまねは――」
「と、とんでもない!」モリスは悲しげに叫んだ。
「そうかい、ならいいさ。今日あんたのいってくれたことはよく胸にきざんでおくよ。い
つか思い返すこともあるだろうからな。こんな話をしてくれたのもあんたの好意から出た
ものとうけとっておくよ。じゃおれはそろそろ帰るぜ」
「その前にもうひと言だけ」モリスがいった。「こうしてふたりでいるところを誰かに見
られたかもしれない。そうなりゃ、何を話していたのかとうるさくきかれるだろう」
「ふむ、それはもっともなことだな」
「私はきみに私の店で働かないかとすすめた」
「で、おれはそれをことわったと。そういうことにしておこう。じゃ、あばよ、同志モリ
ス。あんたのことが万事うまくいくことを祈ってるぜ」
その日の午後、マクマードが下宿のストーヴのそばで煙草をふかしながらもの思いにふ
けっていると、ドアがいきなり開いて、マギンティ親分の巨大なからだが入口の枠いっぱ
いに姿を現した。彼はまず合図をかわしてから若者の真向かいに腰をおろし、しばらく相
手をじっと見すえていた。マクマードも負けじと見かえした。
「おれのほうからひとの家を訪ねることはめったにないんだがな、同志マクマード」マギ
ンティはやっと口を開いた。「おれのところへくる客の応対で忙しくて、そんなひまはね
えのでな。だが今日は慣行をやぶって、こうしておめえの家まで出向いてきたってわけ
よ」
「わざわざ来ていただいて光栄です、議員さん」マクマードは心をこめてそういうと、戸
棚からウイスキーのびんをとりだした。「まったく思いがけない光栄です」
「腕のほうはどうだ?」親分がたずねた。
マクマードは顔をしかめてみせた。
「まあ、すっかり忘れていられるほどじゃありませんが、それだけの価値はじゅうぶんあ
りますからね」
「そりゃ、それだけの価値はあるさ。もっとも、それはあくまで支部に忠実で、支部と運
命をともにする覚悟で働いてくれる者にかぎっての話だがな。けさおめえはミラー丘でモ
リスと何を話していたんだ?」
突然の質問に一瞬びっくりしたが、あらかじめ答えを用意しておいたので平気だった。
マクマードはいきなり腹をかかえて笑い出した。
「モリスは、おれがこの下宿に居ながらにしてけっこうかせいでいけることを知らなかっ
たんですよ。もっともあんなやつにはわざわざ知らせてやる気もないですがね。おれなん
かとはくらべものにならないくらいまじめな男なんだから。でもあれは人のいいおっさん
だね。おれが職がなくて困っていると思ったらしく、老婆心からよかったらあいつの衣料
品店で働かないかってすすめてくれたんです」
「なんだ、そんな話だったのか?」
「ええ、そうなんですよ」
「で、ことわったのか?」
「もちろんですよ。自分の寝室にこもって四時間も仕事すりゃ、十倍は楽にかせげますか
らね」
「そりゃそうだ。だがモリスとはあんまりつきあわねえほうがいいぜ」
「なぜです?」
「とにかく、おれがそういうんだからそうなんだ。この土地じゃ、それだけいえばたいて
いの者に通じる」
「ほかの連中には通じてもこのおれにはぴんときませんね、議員さん」マクマードはずけ
ずけといってのけた。「人をみる目がおありなら、そのくらいわかりそうなもんですが
ね」
色の黒い巨漢は彼をにらみつけ、毛むくじゃらの手でグラスをつかむと、相手の頭に投
げつけんばかりの勢いで一瞬ぎゅっと握りしめた。それからいきなり、人をばかにしたよ
うな笑い声を大きくひびかせた。