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白夜行1-8

时间: 2017-01-17    进入日语论坛
核心提示: スポーツ新聞の一面を見て、田川敏夫は昨夜の試合を思い出し、嫌な気分もまた再現させてしまっていた。 読売ジャイアンツが負
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 スポーツ新聞の一面を見て、田川敏夫は昨夜の試合を思い出し、嫌な気分もまた再現させてしまっていた。
 読売ジャイアンツが負けてしまったのは仕方がない。問題は、その試合内容だった。
 肝心な場面で、またしても長嶋が打てなかった。これまで常勝巨人軍を支えてきた四番打者が、見ているほうがイライラするような、中途半端なバッティングに終始してしまったのだ。ここぞというところでは必ず結果を出すのが長嶋茂雄であり、仮に打ち取られたとしても、ファンが納得するスイングを見せてくれるのがミスタージャイアンツとまで呼ばれている男の本領のはずだった。
 それが今シーズンは、どうもおかしい。
 いや、二、三年前から予兆はあった。しかし辛《つら》い現実を受け入れたくなくて、これまでは目をそむけてきたのだ。ミスターにかぎって、そんなことはあるまいと。だが今の状態を見ていると、子供の頃からの長嶋ファンである田川としても、痛感せざるをえない。誰だって年老いていくことを。そしてどんな名選手でもいずれはグラウンドから去っていかねばならないことを。
 今年は正念場かもなと、長嶋が凡退して顔をしかめている新聞写真を見ながら田川は思った。まだシーズンは始まったばかりだが、この分では夏前にも長嶋の引退説が囁《ささや》かれることになるだろう。巨人が優勝できないなんてことになったら、決定的かもしれない。そして今年はそっちのほうも厳しいのではないかと、田川は不吉な予感を立てていた。圧倒的な強さで昨年のV9まで突っ走ってきたが、そろそろチーム全体にガタがき始めているように思えてならない。そしてその象徴が長嶋なのだった。
 中日ドラゴンズが勝った記事を斜め読みして、彼は新聞を閉じた。壁の時計を見ると、午後四時を回っていた。今日はもう客はこないかもなと思った。給料日前だけに、家賃を払いに来る者がいるとも思えない。
 欠伸《あくび》を一つした時、アパートのチラシを貼ったガラス戸の向こうに、人影が立つのを彼は見た。が、それが大人のものでないことは、足元でわかった。人影は運動靴を履いていた。学校帰りの小学生が、暇つぶしにチラシを眺めているのだろうと田川は思った。
 ところがその数秒後、ガラス戸が開けられた。ブラウスの上にカーディガンを羽織った女の子が、おそるおそるといった感じで顔を覗かせた。大きくて、どこか高級な猫を連想させる目が印象的だった。小学校の高学年のようだ。
「なんだい?」と田川は訊いた。自分でも優しいと思える声だった。相手がこのあたりに多い、薄汚い格好で、妙にすれた顔つきをした子供であったなら、これとは比べものにならない無愛想な声が出るところだった。
「あの、西本ですけど」と彼女はいった。
「西本さん? どちらの?」
「吉田ハイツの西本です」
 はっきりとした口調だった。これもまた田川の耳には新鮮に聞こえた。彼の知っている子供は、頭と育ちの悪さを露呈するようなしゃべり方しかできない者ばかりだった。
「吉田ハイツ……ああ」田川は頷き、そばの棚からファイルを抜き取った。
 吉田ハイツには、八つの家族が入っている。西本家は一階の真ん中、一〇三号室を借りていた。家賃が二か月分溜まっていることを田川は確認した。そろそろ催促の電話をかけねばならないところではあった。
「すると、ええと」彼は目の前にいる女の子に目を戻した。「君は西本さんのところの娘さん?」
「はい」と彼女は顎を引いた。
 田川は吉田ハイツに入っている家族の構成表を見た。西本家の世帯主は西本文代で、同居人は娘の雪穂一人となっている。十年前に入居した時には文代の夫の秀夫がいたが、すぐに死亡したらしい。
「家賃を払いに来てくれたのかな」と田川は訊いてみた。
 西本雪穂はいったん目を伏せてから首を振った。そうだろうなと田川は思った。
「じゃあ、何の用だい?」
「部屋を開けてほしいんです」
「部屋?」
「鍵がないから、家の中に入れないんです。あたし、鍵を持ってないから」
「ああ」
 田川にも、ようやく彼女のいいたいことがのみ込めてきた。
「おかあさん、家に鍵をかけて出かけてしもたんか」
 雪穂は頷いた。上目遣いの表情に、小学生であることを忘れさせるほどの妖艶さが潜んでいて、田川は一瞬どきりとした。
「どこへ行ったのかはわからへんの?」
「わかりません。今日は出かけないっていってたのに……それであたしも、鍵を持たずに出てしもたんです」
「そうか」
 どうしようかなと田川は思い、時計を見た。店じまいには、まだ少し早い時刻だった。この店の主人である父親は、昨日から親戚の家に行っており、夜遅くにならないと帰らない。
 だからといって、合鍵を雪穂に渡すわけにはいかなかった。それを使う時には田川不動産の人間が立ち会うというのが、アパートの持ち主と取り決めたことであったからだ。
 おかあさんが帰るまで、もう少し待っていたらどうや――いつもなら、そういうところだった。だが心細そうに見つめてくる雪穂の姿を見ていると、そんなふうに突き放す台詞は吐きづらくなった。
「そしたら、開けたげるわ。一緒に行くから、ちょっと待ってて」彼は立ち上がると、賃貸住宅の合鍵が入っている金庫に近づいた。
 吉田ハイツは田川不動産の店から歩いて十分ほどのところにあった。田川敏夫は西本雪穂の細い後ろ姿を見ながら、雑な舗装のなされた狭い道を歩いた。雪穂はランドセル姿ではなく、赤いビニール製の手提げ鞄《かばん》を持っていた。
 何かの拍子に、彼女の身体から鈴の音がちりんちりんと鳴った。何の鈴だろうと田川は目を凝らしたが、外からはわからなかった。
 よく見ると彼女の身なりも、決して恵まれた子供のものではなかった。運動靴の底はすり減っているし、カーディガンは毛玉だらけで、おまけにところどころほつれている。チェック柄のスカートも、生地がずいぶんとくたびれて見えた。
 それでもなぜかこの娘の身体からは、田川がこれまでにあまり接したことのない上品な雰囲気が発せられていた。どういうことだろうと彼は不思議な気分になった。彼は雪穂の母親をよく知っている。西本文代は陰気で、目立たない女だった。おまけに、このあたりに住む人間たちと同様の、野卑な思いを内に秘めた目をしていた。あの母親と寝食を共にしていて、こんなふうに育つというのは、ちょっとした驚きだった。
「小学校はどこ?」田川は後ろから尋ねた。
「大江小学校です」雪穂は足を止めず、顔を少し捻って答えた。
「大江? へええ……」
 やはりそうなのか、と彼は思った。大江小学校は、この地区の殆どの子供たちが通う公立小学校だ。毎年何人かが万引きで捕まり、何人かが親の夜逃げで行方不明になるという小学校だった。午後に前を通ると給食の残飯の臭いがし、下校時刻になると、子供たちの小遣いを狙《ねら》った胡散臭《うさんくさ》い男たちがどこからか自転車を引いて現れる、そういう学校だ。もっとも大江小学校の子供たちは、そんなテキ屋に引っかかるほど甘くはない。
 田川は、西本雪穂の雰囲気から、あんな学校に通っているとはとても思えず、学校はどこかと尋ねたのだった。しかし考えてみれば、彼女の家庭の経済事情では、私立に通える余裕などあるはずがなかった。
 学校では、さぞかし浮いた存在なのだろうと彼は想像した。
 吉田ハイツに着くと、田川は一〇三号室のドアの前に立ち、一応ノックしてみた。さらに、「西本さん」と呼びかけてみた。だが反応はなかった。
「おかあさんは、まだ帰ってないみたいやね」雪穂のほうを振り返って彼はいった。
 彼女は小さく頷いた。また、ちりん、と鈴の音がした。
 田川は鍵穴に合鍵を差し込み、右に捻った。カチリと錠の外れる音がした。
 奇妙な感覚が彼を襲ったのは、その瞬間だった。不吉な予感といえるものが胸中をかすめた。しかしそのまま彼はドアのノブを回し、手前に引いた。
 部屋に一歩足を踏み入れた田川の目が、奥の和室で寝ている女の姿を捉《とら》えた。女は薄い黄色のセーターにジーンズという出で立ちで、畳の上に横たわっていた。顔はよくわからない。だが西本文代に間違いなさそうだった。
 なんだ、いるじゃないか――そう思うと同時に、彼は異様な臭気を感じた。
「ガスやっ。あぶないっ」
 後から入ってこようとする雪穂を手で制し、自分の鼻と口を押さえた。そしてすぐ横の調理台に目を向けた。ガスレンジの上に鍋が置かれ、ツマミが捻られている。しかしレンジから火は出ていなかった。
 田川は息を止めたままガスの元栓を閉め、調理台の上の窓を開け放った。さらに奥の部屋へ向かった。卓袱台《ちゃぶだい》の横で倒れている文代を横目で見ながら窓を開けると、顔を外に出して大きく深呼吸した。頭の奥が痺《しび》れるような感覚があった。
 彼は西本文代のほうを振り向いた。文代の顔は、薄い青紫色に見えた。肌に全く生気が感じられなかった。手遅れだ、と彼は直感的に思った。
 部屋の隅に黒い電話機が置いてあった。彼は受話器を取ると、ダイヤルに指をかけた。が、その瞬間に迷った。
 119か、いや、やっぱり110にすべきなのかな――。
 彼は混乱していた。これまで、病死した祖父以外に死体を見たことはなかった。
 1、1と回した後、迷いつつも0の穴に人差し指を入れた。その時だった。
「死んでるんですか」玄関のほうから声がした。
 見ると、西本雪穂が沓脱ぎに立ったままだった。玄関のドアが開けっ放しになっており、逆光で彼女の表情はよくわからない。
「死んでるの?」と彼女はもう一度訊いた。泣き声になっていた。
「まだわかれへん」田川は指を0から9に移動させ、ダイヤルを回した。
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