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赤い指(13)

时间: 2017-02-02    进入日语论坛
核心提示:(13)  山田《やまだ 》という表札の下にあるインターホンのチャイムを鳴らすと、男性の声が返ってきた。「はい」 松宮はマ
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(13)
 
 山田《やまだ 》という表札の下にあるインターホンのチャイムを鳴らすと、男性の声が返ってきた。「はい」
 松宮はマイク部分に口を近づけていった。
「警察の者ですが、今よろしいでしょうか。ちょっとお願いしたいことがありまして」
「あ、はあ……」相手は戸惑ったような声を出した。
 間もなく玄関のドアが開き、頭の禿《は》げた男性が不安そうな顔を覗かせた。短い階段を下りて、松宮たちのいる門扉のところに来た。
「今朝ほどはどうもありがとうございました」松宮の横で加賀がいった。
「今度は何ですか」家の主人が不満そうな顔を松宮と加賀に向けた。
「お宅では庭に芝を植えておられますよね」松宮がいった。
「ええ」
「その芝を採取させていただきたいんです」
「はあ? うちの芝をですか」
「銀杏公園で女の子の死体が見つかった事件は御存じだと思いますが、その捜査のためです。この付近のお宅すべてにお願いしていることです」
「何のために芝なんか……」
「照合したいことがありまして」
「照合?」男の顔が曇った。
「山田さんのお庭がどうとかという意味ではないんです」加賀が口を挟んだ。「この町内全体で、どういった芝が使われているかを調べる必要がありまして、それでお願いして回っています。だめだということでしたら、もちろん無理にとはいいませんが」
「いや、だめだってことはないですけど……うちが疑われているとか、そういうことではないんですね?」
「それはもちろんそうです」加賀は笑顔を見せた。「お休みのところ、本当に申し訳ありません。すぐに終わりますから、よろしいでしょうか。全部こちらでやりますので。芝生に傷が残らないよう、少量にしておきます」
「そういうことなら、まあいいですよ。庭はこっちです」家の主人はようやく得心した様子で、松宮たちを中に入れてくれた。
 松宮は加賀と共に、庭に芝生のある家を一軒一軒あたり、芝生と庭の土を採取して回っていた。どの家でも、もちろんいい顔はされない。自分のところが疑われているのか、と尖った口調で質問されることが多かった。
「なんか、効率がよくないな」山田という家を出てから松宮はいった。
「そうかい」
「いちいち説明して回らなきゃいけないってのは面倒だ。本部の誰かに、先に電話で事情を話させておけば、こっちの作業はスムーズに行くわけだろ」
「なるほど。説明係と芝生の採取係とを分ければいいということか」
「恭さんはそう思わないのか?」
「思わないな」
「どうして?」
「かえって効率が悪くなるからだ」
「なんでだよ」
「捜査は事務仕事じゃない。事情を説明するという行為でさえ、機械的にやればいいというものではないんだ。なぜなら相手が犯人である可能性もあるわけだからな。話しながら相手の反応を観察することで、何らかのヒントを掴める場合もある。しかし電話では、なかなかそこまでは察知できない」
「そうかな。声の具合でわかることもあるんじゃないかな」
「じゃあそういうこともあるとしよう。そこで君の案を採用したとする。事情を説明するために電話をかけた捜査員が、相手の対応に不自然なものを感じた場合、芝生の採取係をやっている捜査員に、いちいちその旨を伝えねばならない。それは効率が悪いと思わないか。しかも、直感というのは人に伝えにくいものだ。上手《う ま 》く伝わらない場合、実際に相手と接触する捜査員がとんでもないミスをしでかすおそれもある。また、事前に電話で事情を説明するということは、犯人に何らかの準備をする猶予を与えるということでもある。地味な作業にげんなりする気持ちはわかるが、どんなことにも意味はあるんだ」
「別にげんなりしているわけじゃないけどさ」松宮は言い訳をしたが、加賀の意見に反論する言葉は思いつかなかった。
 受け持ち区域内で庭に芝生を植えている家を、松宮は加賀と共に順番に回っていった。採取した芝生は一つ一つビニール袋に入れ、どこの家のものなのかを記す。たしかに地味な作業だった。小林から命じられている、段ボール箱の件もぬかりなくチェックしていた。しかし今のところ、怪しげな段ボール箱は見つかっていない。見つかるわけがない、と松宮は内心思っていた。
 一軒の家の前で加賀が立ち止まった。じっと玄関を見つめている。前原という表札が出ていた。芝生を採取する対象に入っている家だ。だが加賀の目つきがこれまでとは少し違って、妙に鋭さを増しているようなので、松宮は気になった。
「どうかしたのかい」彼は訊いた。
「いや、なんでもない」加賀は小さくかぶりを振った。
 二階建ての古い家屋だった。門扉があり、すぐ正面に玄関がある。短いアプローチの右側が庭だ。芝生が生えている。見たところ、あまり手入れはされていない。
 春日井優菜の衣服には、芝生のほかにシロツメクサも付着していた。よく手入れがなされている庭なら、その手の雑草は処理されているはずだというのが、芝生について多少知っている捜査員の話だった。
 松宮はインターホンを鳴らした。はい、という女性の声が聞こえた。
 形式通りに名乗ってみる。やはり、はい、と相手は短く答えた。
 玄関のドアが開けられるまでの間に、松宮は書類を見ながら前原家の家族構成を確認した。練馬署にある資料をコピーしたものだ。世帯主は前原昭夫で、現在四十七歳。妻は八重子で四十二歳。十四歳の息子と七十二歳になる母親がいる。
「平凡な一家という感じだな」松宮はぽつりと漏らした。
「ここの婆さんは認知症らしい」加賀がいった。「平凡な家庭など、この世にひとつもない。外からだと平穏な一家に見えても、みんないろいろと抱えているもんだ」
「そんなことはいわれなくてもわかってるよ。今回の事件には関係がなさそうだ、という意味でいったんだ」
 玄関のドアが開いた。出てきたのは小柄な中年男だった。ポロシャツの上かちトレーナーを着ている。前原昭夫だろう。松宮たちを見て、小さく会釈してきた。たびたびすみません、とここでも加賀が先に詫びの言葉を口にした。
 芝生を採取したい旨を松宮がいうと、前原は一瞬たじろいだような表情になった。その些細《さ さい》な変化をどう捉えていいのか、松宮にはよくわからなかった。
「あ……いいですよ」前原はあっさりと答えた。
 失礼します、といって松宮は庭に入り、手順通りに芝生の採取にとりかかった。鑑識からは、なるべく土を多めに採ってきてくれといわれている。
「あのう」前原が遠慮がちにいった。「それで、どういったことがわかるんですか」
 加賀が黙っているので、作業をしながら松宮が答えた。
「詳しいことはお教えできないんですが、このあたりのお宅ではどういった芝を使っておられるのか、データを集めているところなんです」
「ははあ、そういうデータをねえ」
 そんなものが捜査にどう役立つのか、前原は訊きたいに違いなかった。しかし尋ねてはこなかった。
 芝生をビニール袋に入れ、松宮は腰を上げた。前原に礼を述べようとした。
 その時、家の中から声が聞こえてきた。
「お願いだからやめてっ。おかあさんっ」女の声だった。
 さらに、何かが倒れるような音もした。
 前原は、「ちょっとすみません」と松宮たちにいうと、あわてた様子でドアを開け、中を覗いた。「おい、何やってるんだ」
 室内にいる女性が何かいっている。話の内容は聞き取れない。
 やがて前原はドアを閉め、松宮たちのほうを向いた。ばつの悪そうな顔をしている。
「やあ、どうも、お恥ずかしいところをお見せしました」
「どうかされたんですか」松宮は訊いた。
「いや、大したことじゃないんですが、婆さんがちょっと暴れたようです」
「婆さん? ああ……」
 松宮は、ついさっき加賀から訊いた話を思い出していた。
「大丈夫ですか。何か我々でお手伝いできることがあれば、おっしゃってください」加賀がいった。「徘徊《はいかい》老人についての相談窓口なども、うちの署にはありますが」
「いえ、ご心配なく。自分たちで何とか。はい」前原は明らかに作り笑いと思われる顔でいった。
 松宮たちが門の外に出ると、前原も家の中に消えた。それを見届けた後、松宮は吐息をついた。
「きっと会社でもいろいろと苦労があるだろうに、家の中にあんな問題を抱えているなんて、あの人も大変だな」
「あれが今の日本家庭の一典型だ。杜会が高齢化していることは、何年も前からわかっていた。それなのに大した準備をしてこなかった国の怠慢のツケを、個人が払わされているというわけだ」
「ぼけ老人を介護しなきゃいけないなんて、考えただけでも混乱してしまう。俺も他人事じゃない。いずれは母親の面倒を見なきゃいけないわけだし」
「世の中の多くの人が抱えている悩みだ。国が何もしてくれないんだから、自分で解決するしかない」
 加賀の言葉に松宮は抵抗を覚えた。
「恭さんはいいよな」彼はいった。「伯父さんを一人にして、自分は好きなように生きていけるわけだから。何にも縛られないでいられる」
 口に出してから、少しいいすぎたかなと思った。加賀が怒るかもしれない。
「まあ、そうだな」しかし加賀はあっさりとそういった。「生きていくのも死んでいくのも、一人だと気楽でいい」
 松宮は足を止めた。
「だから伯父さんも一人で死ねってことかい?」
 すると加賀はさすがにやや虚をつかれた顔で松宮を見た。だがさほど動揺した気配は見せず、ゆっくりと頷いた。
「どういうふうに死を迎えるかは、どう生きてきたかによって決まる。あの人がそういう死に方をするとしたら、それはすべてあの人の生き様がそうだったから、としかいえない」
「あの人って……」
「暖かい家庭を作った人間は、死ぬ時もそのように送り出してもらえる。家庭らしきものを作らなかった人間が、最後だけそういうものを望むのは身勝手だと思わないか」
「俺は……俺たちは作ってもらったよ。伯父さんに暖かい家庭というものを。母子家庭だけど、それを苦にせず生きてこられたのは伯父さんのおかげだ。俺は伯父さんに孤独な死なんか迎えさせる気はない」松宮は加賀の冷めた目を見返しながら続けた。「恭さんが伯父さんを見捨てるというなら、それはそれでいい。俺が伯父さんの面倒をみる。伯父さんの死は、俺が看取《み と 》るよ」
 何か反論があるかと期待したが、加賀は静かに頷いただけだった。
「好きにすればいい。君の生き方に口出しする気はない」そういって彼は歩きだしたが、すぐに立ち止まった。前原家の横に止めてある、一台の自転車を見つめている。
「その自転車がどうかしたのか?」松宮は訊いた。
「何でもない。急ごう。まだ回らなきゃいけない家は何軒もある」加賀はくるりと背中を向けた。
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