コットンパンツのポケットに両手を突っ込み、湯川は立ち尽くしていた。眼鏡の下の目は不快そうに曇っていた。
「ひどいな、これは」吐き捨てるように彼はいった。「改めて、モラルの低下を実感するね。腹が立つというより、悲しいな。ここまで来ると」
草薙も湯川の横に立ち、ひょうたん池を眺めた。死体を引き上げた時と同じく、様々な廃材や粗大ゴミが放置されていた。彼等の足元に転がっている自動車のバッテリーは、先日はなかったものだ。
「こんなことをするのは日本人ぐらいのものだろうな。全く恥ずかしいぜ」と草薙はいった。
「いや、これは日本人の特徴とばかりはいえないな」
「そうかい」
「インドには、原子力発電所から出る放射性廃棄物を不法投棄している川というのがある。旧ソ連は同じものを日本海に捨てていた。科学文明がいくら発達しても、それを使う人間の心が進化していないと、こういうことになる」
「使う人間だけの問題かい? その科学を生み出してきた学者たちの心はどうなんだい?」
「学者たちは純粋なだけさ。純粋でなければ、劇的なインスピレーションは訪れない」
湯川は素気なくいうと、池に向かって歩きだした。
「勝手なことを」草薙は、ふんと鼻で笑ってから学者のあとを追った。
池の縁に立ち、湯川は水面を見渡した。
「死体が沈んでいたのは、どのあたりだ」
「あのへんさ」池の最もくびれたあたりを草薙は指した。「行ってみよう」
死体が引き上げられた場所には、わけのわからない粗大ゴミや金属材料などが、特にたくさん放置されていた。死体を上げる時に、一緒に池の底から引っ張ってきたものだ。どれにも一様に灰色の土がこびりついている。引き上げられた時に付着していた泥が乾いたのだ。
足元を眺めていた湯川の目が、ある一点で止まった。彼はしゃがみ、何か拾い上げた。
「早速何か見つけたか」草薙は訊いてみた。
湯川が手にしているのは、三十センチ四方ほどの金属片だった。草薙はそれを見るのは初めてではなかった。前回ここへ来た時にも、何枚か発見したのだ。
「どこかの業者が捨てていった、何かの廃材らしい。現在業者を探している最中だ」
「あのマスクの材料らしいな」
「鑑識もそういっていた。材質も同じだ。間違いないだろう」
湯川は周辺を見回し、さらに二枚のアルミ材を拾った。それから近くの草むらに目を向けると、また何か拾い上げた。それは黒い被膜に覆われた電気コードだった。
「そのコードがどうかしたかい」草薙は横から声をかけた。
湯川は答えず、コードの先端を見つめていた。被膜から出た導線の先は、いったん溶けて固まったように丸くなっている。
彼はコードの反対側を手繰《たぐ》り始めた。それは池から数メートル離れたところに落ちていた、長さ一メートルほどの錆びた細い軽量鉄骨に絡まっていた。
「それと同じコードが、死体と一緒に引き上げられたんじゃなかったかな」
草薙がいうと、湯川は眼鏡がずれるほどの勢いで振り向いた。
「それはどこに捨てた?」
「いや、捨ててはいないはずだ。死体と接触していた可能性もあるということで、鑑識のほうで保管しているんじゃないかな」
「それ、見せてもらえるかな」
「ああ、いいだろう。頼んでみよう」
草薙の答えに、湯川は満足そうに頷いた。
「それから、ひとつ調べてほしいことがある」
「なんだ」
「気象庁に問い合わせて、この夏、雷の発生した日時をすべて調べてくれ」
「雷?」
「特に、このあたりで落雷のあった可能性のある日がわかれば最高だ」
「そりゃあ、調べればすぐにわかるだろうが、雷がどう関係してくるんだ」
だが湯川は再度池のほうに視線を走らせ、意味ありげに、にやりと笑っただけだった。
「なんだ、気味が悪いな。何かわかったのか」草薙は訊いた。
「まだ断定はできない。確認してから、はっきりしたことをいう」
「もったいつけるなよ。わかったことだけでいいから、今教えてくれないか」
「残念だが、科学者は実験をして確認しなければ、自分の説を迂闊《うかつ》には口に出したくないものなのさ」湯川は三枚のアルミ材と汚れた電気コードを草薙のほうに押しつけた。
「さあ、帰ろうか」