柿本昌代が笹岡寛久との共犯関係を認めたのは、金属製のマスクが二人の中学生によって発見されてから、ちょうど三週間が経った日曜日だった。すでに笹岡のほうが逮捕されていたことで、ある程度は覚悟を決めていたらしく、ガレージのシャッターから笹岡の指紋が検出されたことを知らせると、簡単に真実を吐露し始めたのだ。
「殺そうという話を持ちかけてきたのは、あの人のほうなんです。あたしはあんなことはしたくなかったんですけど、いうことをきかないと、主人にあのことをばらすといわれて、仕方なくいうとおりにしたんです」
昌代は唾を飛ばさんばかりにして訴えた。ここで彼女が「あのこと」といったのは、スポーツクラブのインストラクターとの不倫のことだった。笹岡がそのことを嗅ぎつけ、彼女を脅迫したというのだ。
だが笹岡の言い分は違っていた。
「私がそそのかしたって? とんでもない。浮気のことが旦那にばれて、離婚されそうなので、なんとかできないかと相談してきたのは、向こうのほうです。なんとかしてくれれば、私の借金をなんとかしてやるといってきたんです。ええ、あの馬の代金も、返さなくていいという話でした。いや、私は本当に馬を買うつもりでお金を預かったんです。騙す気なんて、これっぽっちもありませんでした。全く、あの女はひどい人間です。私も、いいように利用されてしまいました」
どちらの話が正しいのか、取調べに当たった刑事たちにも、すぐには断定できなかった。おそらくどちらも半分は正しく、半分は嘘なのだろうと草薙などは思った。なぜなら二人の犯行を見直した場合、双方共かなり積極的に行動したと考えられるからだ。
二人の供述によると、実際の犯行日は八月十六日の深夜だった。柿本進一が風呂に入っているところを、昌代の手引きで侵入した笹岡が、鉄製ハンマーによって撲殺したのだ。
死体の処理は翌日の早朝に行われた。笹岡が柿本家のアウディを使って、死体をひょうたん池まで運び、投棄したのだ。またその帰りに、アウディを埼玉県内に放置した。
問題はその翌日である。二人は、この日の朝まで柿本進一が生きていたという状況を作って、アリバイを完璧にしておきたかった。そこで同じ型のアウディを用意し、その車が柿本家のガレージから出るところを近所の人間に見せることにしたのだ。
だがじつは、この小細工が彼等の命取りになった。
犯行は十七日以前だと推理した草薙は、この時笹岡がどこからアウディを調達したかを考えたのだ。そして捜査の結果、彼の競馬仲間の一人に、同じ型の車を持っている人間が見つかったのだ。その人物は犯行とは無関係らしく、八月十八日に車を貸したことを素直に認めた。
わかってみれば簡単なトリックだった。だが最初に笹岡を疑うきっかけを作ったのが柿本昌代であったため、二人が共犯だという発想が出てこなかったのだ。いずれは捜査陣が笹岡に目をつけることを見越し、それを逆手にとろうとした二人の術中に、見事に陥ってしまったわけだ。
「一体、どうして犯行が十七日以前かもしれないと思ったんだ」草薙の上司は、何度も訊いた。
そのたびに草薙は頭を指差して答えた。
「ま、ここの違いですよ」