私のうちは岡山県と鳥取県の境にある山間部落の百姓なのだが、旧幕時代その辺を所領
しているのが古神家である。禄高は一万五百石、ずいぶん半端な数だが、それでも明治に
なると華族に列し、ついこの間までは子し爵しやくであった。この古神家──と、いうより
は、古神家が領地としていたその辺いったい、昔から佝僂が多かったそうで、これは遺伝
というよりも、一種の風土病であろう。いまでもかなり不便な山の中だが、江戸時代には
交通の便がもっと悪かったにちがいないから、海産物にめぐまれること少なく、ヨード分
の不足から、骨格に異状を来たすのであろうと思われる。
「そのことならばぼくもきいている。ちかごろじゃあの辺でも、だいぶ佝僂が減ったとい
うことだが、肝かん腎じんの御領主様のうちには、いまでも存在するのかね」
「そうさ。立派に存在あそばすんだよ。典型的なやつで、その点、蜂屋のタイプとよく似
ている」
「しかし、それが八千代さんと……」
「まあ、待て、それをこれからきかせてやろうというンじゃないか。笑っちゃいけない
ぜ。民主民主と騒がれている時代に、こんな古めかしい因縁噺があるのかといったところ
でおれは知らん。民主日本の一角にも、こんな手ずれのした草双紙みたいな話もあると観
念して、まあ、きくんだね」
八千代さんは数年まえに亡くなった、古神織おり部べの娘で、守衛とは九つちがいの妹
だが、腹はちがっていて妾しよう腹ふくであった。もっとも守衛の母は早くなくなったの
で、八千代さんのおふくろは、八千代さんを産むと間もなく正妻になおって、それが現在
古神家を統率している未亡人のお柳さまである。
ところで、八千代さんのうまれたときの織部子爵のよろこびと心配というものは大変な
もので、──と、いうのがうまれたときにはなんともなかった異母兄の守衛が七つ八つ時分
から、そろそろ佝僂病の徴候をあらわして来たものだから、それだけに八千代さんの前途
にも気をつかったわけで、そこで、昔から信仰していたなんとかいう女易者を招いて、八
千代さんの将来を占ってもらったそうだが、その占師の婆さん曰いわく、
「御安心なさい。このお嬢さまは決して佝僂にはおなりなさいません。きっと丈夫に健す
こやかに美しくお育ちになります。しかし」
と、そこで止しておけばよかったものを、婆アめ、ひとつ余計なことをつけ加えた。
「その代わり、この方のお婿さまになるかたが佝僂でございましょう。お気の毒ですが、
こればかりは神様の思おぼ召しめしでございますから、人力ではなんとも致し方がござい
ませぬ」
「あの婆アめ、いま生きていたらひねりつぶしてやる」
直記は蒼あお白じろんだ顔に凄すごい微笑をうかべると、
「八千代が佝僂にならんのははじめからわかりきっているんだ。あいつの顔を見るがい
い。あれゃア織部の子じゃないんだ」
私はきっとして直記の顔を見直した。
「じゃ、……八千代さんの父というのは、いったい……」
「おれのおやじさ、あっはっは、いいじゃないか。古神家は血族結婚ばかりしているか
ら、代々馬鹿が生まれるんだ。そこでおやじが種馬になって種族改良をしてやったのさ」
直記の言葉があまりさりげなかったので、その言葉の持つ印象の毒々しさが、いっそう
強く私の胸を打った。
私はまえから直記の父、仙石鉄之進という人物のなみなみならぬ辣らつ腕わん家かであ
ることは聞き及んでいた。露悪家の直記の話によると、鉄之進とお柳さまの関係は、だい
ぶんまえから主従の域を越えていて、織部の死後は鉄之進が宛然さながら古神家の主人で
あるという。