「いや、それを話すまえに、もうひとつ、八千代の兄の守もり衛えのことを話しておこ
う。守衛が佝僂だってことはまえにもいったね。佝僂だったってそう醜怪な感じじゃな
い。こいつなかなか好男子だし、おしゃれで身み躾だしなみがいいから、話をきいて想像
するより、見た感じはずっと悪くないのだ。そういう点でも蜂屋によく似ているね。年齢
はおれより二つ下の三十三だ。ところがこいつ、やはり不具者のヒガミがあるから、根性
がヒネくれていてね、実に陰険なやつなんだ。もっともそれも無理はないやね。昔の言葉
でいえば家来であるべき筈はずのうちのおやじが、すっかり家を乗っとったかたちになっ
ている。おやじのみならず息子のこのおれまでが若殿様をバカにして威張りちらしている
んだからクサるのも無理のない話だ。そこで当人、すっかり世のなかを諦あきらめたよう
な顔をして、本ばかり読んでくらしているが、なかなかどうしてこいつ肚はらにいちもつ
ある奴で、いつかはわれわれ親子にガチンと一撃くらわせてやろうと、ひそかに機会をね
らっていやアがる。ところが、こいつが八千代に惚ほれてやアがンだよ」
 私は啞あ然ぜんとして直記の顔を見直した。直記の話はいよいよ出でて、ますます奇っ
怪至極である。
「だって、君……そりゃアあんまり……守衛という人と八千代さんとは兄妹じゃないか」
「むろん、表向きはね。だけど、そんなこと、さっきもいったとおり表向きだけのこと
さ。守衛は、先妻の子供だし、八千代はいまのお柳さまの腹だ。そこへもって来て、八千
代が先代織おり部べのタネでないことは、公然の秘密みたいなもので、誰でも知ってる。
父系からいっても母系からいっても両人のあいだには何の血のつながりもないのだから、
惚れて夫婦になったところで別に差しつかえはない。──と、こう守衛のやつはかんがえて
いるんだ。そこへもって来て、守衛のそういう感情をあおるのが、ほら例の占い婆アのあ
の予言さ。この方は佝僂のお嫁さんになるでしょう。……つまり、その佝僂というのは自
分であると、守衛のやつ固く信じてうたがわないのだから始末が悪い。八千代が佝僂画家
の蜂屋小市と結婚するといい出したのは、ひとつはこの執しつ拗ような守衛の求愛に終止
符を打ってやろうという意味も、たぶんにあるらしいんだ。つまり、占い婆アの予言した
佝僂というのは、あなたのことではありません。蜂屋小市さんの事ですよと、守衛に思い
知らせたいという魂こん胆たんがあるんだ」
 考えてみると八千代という娘も不ふ愍びんなうまれである。
 直記の父の仙石鉄之進は、直記と八千代を夫婦にしたい意向らしい。しかも直記の説に
よると、八千代は鉄之進のタネだという。幸いこのことは直記がすすまないからよいよう
なものの、うっかりすると、兄妹相そう姦かんなんて恐ろしいことになる。
 一方、兄の守衛が自分に惚れてる。このほうは血のつながりはないかも知れないが戸籍
面では立派な兄妹である。前門の虎とら、後門の狼おおかみとはまさにこの事で、どっち
へころんでも、兄と結婚しそうな危険があるのだから、ヤケクソになるのも無理ではな
い。直記の話によると、ずいぶん奔放無軌道な女らしいが、由来するところはこういうと
ころにあるのだろう。
「なるほど。──しかし、それだけでは八千代さんがなぜ、見も識しらぬ蜂屋小市を撃った
かまだわからないね」
「だからさ、それをこれから話そうというんじゃないか」
 直記のやつ、だいぶ呂ろ律れつが怪しくなった。それにさっきからの長話で、息が切れ
るらしいのだが、それでも必死になって語りつづける。ギラギラ光る眼があやしく熱をお
びて、だんだん調子が凄すごんで来た。こんどはどうやらほんとうに酔うて来たらしいの
である。
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