「こいつはいけない。われわれが事件を発見してから既に一時間以上もたってるぜ。ぐず
ぐずしてると警察から、いたくない肚はらを探られるばかりだ。とにかく、向こうへいっ
て皆さんに、よく事情を話そうじゃないか」
刀をもう一度金庫へおさめると、鍵をかけて今度は直記が自分でダイヤルを廻まわし
た。もうどんな用心も無駄だと思ったのかも知れない。
それから母おも屋やの日本間へいくと、鉄之進は大あぐらをかいて、手て酌じやくでぐ
いぐいと冷酒を呷あおっていた。そばではお柳さまが、人形の様に冷たい顔をして毛糸の
編物をしている。この古風な、江戸時代の御ご後こう室しつ様といったようななりをした
お柳さまが、しかもこんな場合、平然として編物をしているのは、何んとなく矛盾をかん
じさせた。
鉄之進はわれわれの姿を見ると、ギロリとした眼をおびえたように見張って、しばらく
こちらの顔色をうかがっていたが、やがてしゃがれたような声でたずねた。
「直記、殺されたのはどっちだい。蜂屋かい、守衛さんかい」
「蜂屋でしたよ、お父さん」
直記がそっけない声でこたえた。
「直記さん、どうしてそれがわかって? 死体には首がないというのに」
お柳さまが横から口をはさんだ。まるで今夜の献立てでも相談するような、落ち着きは
らった静かな声だ。こりゃひととおりの女ではない。……私はそのとき、そう思わざるを
得なかった。
「ええ、蜂屋の体には特徴のある目め印じるしがあるんです。あの死体にはたしかにそれ
がありましたから」
「まあ、目印ってなあに?」
「いや、それはあとでお話ししますがね、お父さん、屋代のいうのに、どうしてもこれは
警察へとどけなければいけないというんですが……」
「そりゃ、むろんのことだよ。殺人事件だからな。ときにこちら屋代さんというのかな」
「ええ、そう、まだ紹介していませんでしたな。こちら屋代寅とら太た君といって探偵小
説家、同郷のものですよ」
探偵小説家──と、きいて鉄之進もお柳さまも、不思議そうな眼をして私の顔を見た。何
か奇妙な動物でも見るような眼つきだった。私はただ黙って頭をさげておいた。
「それじゃ、早速、源造にいって、交番へ走らせましょう」
直記が縁側から源造の名を呼ぶと、すぐ源造がはしって来た。それに用事をいいふくめ
ておいて、もとの座へもどって来ると、直記は探るように父の顔を見ながら、
「お父さん、あなたは昨夜よく眠れましたか」
と、いくらか口くち籠ごもりながら切り出した。
鉄之進は大きく見張った眼で、まじまじと息子の顔を見ながら、
「よく眠れたかって……? わしが……? それはどういうわけじゃな」
「いや、どういうわけってありませんが……」
「直記さん、少しお父さんに忠告しなきゃ駄目よ。お父さん、ちかごろまたお酒が過ぎる
ようよ。昨夜も十二時ごろまで飲みつづけで……飲むだけならいいんだけど、あとの世話
がやけてかなやアしない」
お柳さまはそういう言葉を、顔もあげずにいうのである。まるで編物に話しかけるよう
に。
「へえ……、昨夜また飲んだんですか。小母さん、そしてあなたは昨夜ずうっと、お父さ
んといっしょでしたか」
お柳さまは顔をあげると、ちらっと素早い眼つきで、直記と私の顔を見たが、すぐまた
その眼を編物に落とすと、
「いいえ、十二時まではつきあっていたけれど、いつまでたってもきりがないから、十二
時になるとさっさと自分の部屋へかえって寝たわ。お父さんは酔いつぶれて、そのままご
ろ寝をしたようよ。だけど、直記さん、どうして?」
どうして?……と、たずねると、お柳さまの耳たぼがボーッと紅あかくなった。それに
気がつくと、私はなんとなくいやアな、いやらしい感じになったものである。
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