だから今度のように、女が殺されて首がない、しかも、犯人が明確にわからないという
ような怪事件にぶつかって、単純な田舎の人々が蒼あおくなってふるえあがったのも無理
はない。
「中心人物といっても、直記はなにも知っているわけじゃないでしょう」
「それはそうですが、八千代さんをかくしていたというだけでも、十分責任がありますか
らね」
「しかし、ぼくだって、八千代さんがここにいることは知っていましたよ」
「あなたはしかし、昨夜、こっちへ来てはじめて知ったのでしょう。だから、いくらでも
いいぬけの道はある。仙石氏はそういうわけにはいきませんからね」
「それじゃ、だいぶん、しぼられているんですな」
「まあね」
金田一耕助はにこにこわらった。
古神家と仙石家にぞくするすべての人間は、いま母おも屋やのほうに集められて、係官
からきびしい取り調べをうけているのである。私ももちろんひととおりの取り調べはうけ
たが、とくにこの家に深い関係があるわけでもなく、また、昨夜こっちへ来たばかりだと
いうので、係官の関心もうすく、ひととおりの身み許もとしらべがおわると、離れで待機
しているようにと命じられたのであった。
「どうです、屋代さん、私はこれからもう一度、竜王の滝へ出向いていって、あのへんを
調べてみようと思うんですが、あなたも御一緒においでになりませんか」
「ぼくも……だって、ぼくは足止めを喰くっているんですから……」
「大丈夫ですよ。私からよくいってありますから。係官も承知しているんですよ。私は
ね、あなたのような助手が欲しいのです」
私はおどろいて金田一耕助の顔を見直した。金田一耕助はにこにこしながら、
「あっはっは、あなたはまだこの私を、どういう人間だか御存じないようですね。私は
ね、仙石氏……と、いってもお父さんのほうですが、仙石鉄之進の依頼をうけて、この事
件の調査に来たんですよ」
私はいよいよ驚いて、相手の顔を見直した。
「この事件の調査ですって? するとあなたは……」
「そうですよ。私立探偵──みたいなもんですな、つまり、──いたってヘボではあります
がね。あっはっはっ」
と、金田一耕助はいかにもうれしそうに、頭のうえの雀すずめの巣を、ガリガリと搔か
きまわした。
私は呆あきれて、しばらくは口も利きけなかった。この男が私立探偵……? このも
じゃもじゃ頭の風ふう采さいのあがらぬ、貧相な吃どもり男が私立探偵とは! いや、人
はどんな職業を選ぼうとも勝手である。だから、この男が自ら私立探偵を志して、失敗し
ようと、成功しようと、それはこの男の御随意だが、こんな人物に事件を依頼した仙石の
親おや爺じは、すこし頭がどうかしているのではないかと疑われた。
私は大いに相手にたいして軽けい蔑べつをかんじたが、また同時に、ひとつお手並み拝
見という、好奇心もわいて来た。
「そうですか。いや、そうでしたか。これは失礼しました。ぼくのようなものでも、助手
にしていただければ、こんな光栄なことはありません。なんでもひとつ御用命下さい」
私がこう下手に出ると、吃り探偵め、すっかり有頂天になって、
「いや、ああ、ア、あなたに、ソ、そうおっしゃっていただくと有難いです。ナ、なんと
いっても、あなたはこの事件の最初からの関係者でいらっしゃる。それでいて、あなたは
局外者である。おまけにあなたは作家……それも探偵小説作家だから、おのずから、余人
とは観察がちがっていると思う。私もこんなよい助手をえられて、アア、有難いです」
なに、いってやがんだいと内心のおかしさをおさえながら、それでも口だけは鹿しか爪
つめらしく、
「いや、お役に立てるかどうかわかりませんが、せいぜい努力してみることにいたしま
す。それではそろそろ出掛けようじゃありませんか」
昨夜の大雷雨はなごりなくおさまって、今日は青葉ごろのすがすがしい上天気だった。
くっきりと晴れわたった空のブリューと、もえるような樹々のグリーンが相映じて、鬼首
村の背後の山は、すばらしい景観をつくっている。昨夜と同じみちを辿たどりながら、あ
の大雷雨中に目撃した、さまざまな戦せん慄りつ的光景を思い出しても、私には一場の悪
夢としか考えられなかった。