「いや、話がまたさきへとびましたが、もう一度さっきのつづきへもどって、八千代さん
が蜂屋の部屋へ、食事を持っていったところから話しましょう。あのとき、食堂にのこっ
たひとびとは、八千代さんがおりてくるのを、いまかいまかと待っていた。ところが、八
千代さんがなかなかおりて来ないので、直記さんが、屋代さんをひっぱって、二階へあ
がっていかれた。そのとき、階段のうえで、とりみだした恰かつ好こうをして、八千代さ
んがあらわれたが、そのとき、八千代さんが、畜生ッ、蜂屋のやつ……とかなんとか口
走ったので、いよいよ蜂屋が部屋にいて、八千代さんに何か狼ろう藉ぜきを働いたのだろ
うと思われたのですが、いずくんぞ知らん、むろん、あれも八千代さんの一人芝居で、あ
の時、八千代さんは蜂屋の食事を自分で食って、出て来ただけのことだったのです。さ
て、問題はそのあとなんですが……」
と、金田一耕助はまた、ガリガリと頭をかきまわし、
「ぼくはここのところが実に面白いと思うのです。八千代さんとすれちがった直記さんと
屋代さんは、そのまま直記さんの部屋に入っていくと、直記さんはベッドの下から、かく
してあった村正を取り出し、それを、屋代さんとふたりで、階下の金庫へしまわれた。し
かも、その金庫をあけるには直記さんと屋代さんがふたり揃そろわぬと、絶対にあけられ
ぬようにしておいたのです。しかも、その翌日、兇行を発見したおふたりが、驚いて金庫
をあけると、刀身にはべっとりと血がついていた。いっておきますが、あの刀身について
いた血は、首無し死体の血液型とまったく同じだったのです。したがって、あの首無し死
体を殺した兇器はその村正にちがいなかったのですが、このことが、東京の警視庁をずい
ぶん迷わせた。犯行の時刻はたしかに十二時前後と思われるのに、その時刻には、兇器は
ちゃんと、金庫のなかにしまわれていたのですからね。しかも、その金庫をひらくのに
は、直記さんと屋代さんが、合意のうえでないと絶対にダメです。このことが、警視庁を
なやませ、なんらかの方法で、金庫をひらくことが、できるのじゃないか、それとも、直
記さんと屋代さんが噓うそをついているのじゃないか……と、そんなふうに考えたので
す。しかし、ぼくは、それとは逆に、直記さんと屋代さんの話は真実であろう。推定され
た兇行の時刻には、兇器は金庫中にしまわれてあり、その金庫は絶対に、何なん人ぴとに
よってもひらかれなかった。──と、こういう想定のもとに推理をすすめたのです。そし
て、そこに横たわる矛盾を解決するために兇器を金庫から取り出すことを考えるより、む
しろ、兇行時刻をくりあげてみたらどうかと考えてみたのです。即ち、あの村正は金庫に
しまわれる以前、すでに血にそまっていたのをそのまま、金庫へしまったのではないか。
そう考えるほうが、ひらかぬ金庫を、むりにひらこうとするよりも、はるかに自然ではな
いかと思ったのです。さて、そうなると、皆さんが食堂へ集まった九時以前に、すでに事
は決行されていたということになります。いっておきますが、九時から兇器が金庫へしま
われたと思われる時刻、即ち十時前後までは、母おも屋やにいたひとびとにも、全部アリ
バイがありました。鉄之進さんは、お柳さまを相手に一ぱいやっていられたし、四方太さ
んもお相伴をしていたのです。したがって、兇行の時刻はどうしても九時以前ということ
になり、さて、そうなるとおかしいのは、八千代さんとお藤さんです。このふたりとも、
それよりのちまで、蜂屋が生きて、部屋にいたかのごとくふるまい、また、証言もしてい
ます。だから、私はふたりとも噓をついているのであろうと思い、昨日、お藤さんを問い
つめたところが、皆さんもすでに御存じのような、新しい証言を得ることができたので
す。お藤さんの噓をついた動機は、皆さんも御存じのとおりですが、こうなるとどうして
もおかしいのは八千代さんの言動です。それのみならず、八千代さんの行動には、皆さん
もすでに御存じのとおり、いろいろ不可解なところがあります。そこでぼくは八千代さん
を共犯者であろうと、推断したのですが……」
金田一耕助の長話のあいだ、いかにもじりじりした様子で、体を前後にゆすっていたお
柳さまが、そのとき、とうとう、たまりかねたように、ヒステリックな声で叫んだ。