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第四章 もう一人の女--岩頭にて(3)

时间: 2023-12-21    进入日语论坛
核心提示: かれはまず、親おや爺じの鉄之進が村正をふりかぶって、蜂屋を追っかけまわすシーンを見て感情を刺激された。それからつぎには
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 かれはまず、親おや爺じの鉄之進が村正をふりかぶって、蜂屋を追っかけまわすシーン

を見て感情を刺激された。それからつぎにはあの広間で八千代と守もり衛えのラブシーン

あるいはラブシーンらしきものを見て、いよいよかれは動揺した。私は知っていたのだ、

直記が八千代に惚ほれていることを。それこそ惚れて惚れて惚れぬいていたのだ。底抜け

に惚れていたのだ。ひょっとすると異母兄妹ではないかという危き懼ぐがなかったら、直

記はとうに八千代を自分のものにしていただろう。さすがに強引な直記も、兄妹相そう姦

かんという不倫だけは、犯すことが出来なかったのであろう。

 それだけに直記の焦しよう躁そうは、はたの見る眼も滑こつ稽けいなほどであった。直

記と八千代は異母兄妹であるかも知れないが、また、そうでないかも知れないのだ。手を

出しても構わぬ女であるかも知れないのだが、直記にはその勇気が欠けていた。そして、

その不決断がかれのあらゆる生活態度に落ち着きを失わせたのだ。

 その代わり、かれは八千代を、誰の手にもわたすまいと決心していた。八千代にちかづ

く男を、かたっぱしから粉砕しようと決心していた。そのかれが、問題にもしていなかっ

た守衛と八千代の、いかにも親しげな様子を目撃したのだ。あのときの直記の瞳めにもえ

あがった、嫉しつ妬とと憎悪と殺気のいろを思い出してみるがいい。直記はあのとき心中

で一刀のもとに守衛を斬きりすてていただろう。

 こうして、しだいに激発していく感情に、さらに輪をかけたのは、あの晩の八千代と蜂

屋のイキサツだ。八千代がわざわざ親切に、蜂屋のもとへ食事を持っていってやるさえ気

に喰くわぬのに、不必要に八千代がながく、蜂屋の部屋にいることが、かれをたまらなく

させたのだ。おそらくかれは嫉妬のために、体がハチ切れそうであったろう。そこで、と

うとうたまらなくなったかれは、私をうながして二階へあがっていったが、おそらくあれ

は、蜂屋の部屋を偵察するためだったのだろう。だが、その必要はなくなった。階段のう

えでぶつかった、八千代の様子が、蜂屋の部屋で演ぜられたと思われる、ある情景を暗示

していた。おそらく、ここでも、直記は心の中で、蜂屋を一刀のもとにぶった斬っていた

にちがいない。

 あの晩、直記はそれをおそれたのだ。こういう晩にひょっとすると、夢中遊行をやらか

すのではあるまいか。……直記はそのことを心配したのだ。しかも、いま自分の手て許も

とには村正がある。

 直記は心中、蜂屋や守衛を、一刀のもとにブッタ斬ってしまいたい欲望を持ちながら、

さすがにそれを実行することを恐れた。だが、その欲望はいつ爆発するかも知れないの

だ。夢中遊行のかたちとなって……。

 直記は自分で自分が信用出来なくなっていたのだ、ちょうど夜尿症のある少年が寝るま

えに、どんなに洩もらすまいと思いながらも、つい洩らすことによって、しだいに自分が

信じられなくなっていくように。

 そこで直記はまずあの村正を遠ざけようと思った。しかし、どんなところへかくして

も、自分でそれを知っていたら、夢中遊行時にまたフラフラと取り出しにいくかも知れな

い。それではなんにもならないのだ、そこであのような念入りな工夫をもって、自分ひと

りの力では、絶対に村正を手にとることが出来ぬように仕組んだのだ。

 直記はしかし、それでもまだ不安であった。村正ばかりが兇器ではない。いったん人を

殺そうと決心したら、兇器はいたるところにあるだろう。そこで自分を一室に監禁するの

が何より安全な方法だと考えた。そして、その番人として選ばれたのがこの私だった。あ

の晩、私をドアのうちがわに寝かせたのは、外から来る侵入者をおそれたのではなく、自

分がフラフラ、外へ出ていくことをおそれていたのだ。私はそのことをすべて知っていた

のである。さて話をもとへ戻そう。

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