「おれはこういうふうに八千代を口説いた。誰か八千代に姿かたち、年とし恰かつ好こう
の似た女を捜し出し、そいつを殺して首をチョン斬る。そして死体に八千代の着物を着せ
ておく。そうすることによって八千代は死んだものになれると。この考えは八千代をひど
く喜ばせた。あいつはね、死にたくはなかったけれど、古神家の一員であるということに
は、ほとほと嫌悪を感じていたのだ。だから、別の人間になって生まれかわれるというこ
とが、ひどくあいつの気に入ったのだ。それからつぎにおれはこういう案を出した。直記
──君のことだよ、おい。君を殺して首をチョン斬る。そして、その死体をおれの身替わり
に立てる。そうすればおれも死んだものになれるから、別の人間と生まれかわって、その
ときは八千代を真実愛してやろうと切り出したのだ。この考えがまた八千代をよろこばせ
たのだ。ひょっとすると、あいつはそうでもしなければ、とてもおれの心をつかめないと
でも思ったのかも知れないのだ。そういう点からいうと、あの女もあれで相当、純情なと
ころがあったんだなあ」
「八千代は……八千代はおれを殺すことを是認したのか」
直記がはじめて口をひらいた。押しつぶされそうなしゃがれ声だった。私はせせら笑っ
て、
「おお、是認したとも、有頂天になってよろこんだぜ。君はいったい、どう考えてるか知
らないが、八千代にゃ君なんか眼中になかったんだ。君を殺すことぐらい屁へとも思って
いなかったんだ」
直記は低い唸うなり声をあげた。私は何んともいえぬ勝利の快感を味わった。
「こうしてはじめは冗談から出発したこの計画は、しだいに熱をおびて真剣になって来た
んだ。ところで、おれはこんなことを思いついた。いきなりほかの女を殺して、八千代の
身替わりに立てるといったところで、うまくいくかどうかわからない。それにはそれだけ
の伏線を張っておかねばならぬ。三文作家でも探偵作家だ。探偵小説という奴が、伏線の
文学であることぐらいは、おれだって知っている。そこで八千代の事件よりまえに、ひと
つ首をチョン斬る事件をこさえておこうと考えついた。それがあの守もり衛えと蜂はち屋
やの事件なんだ。ここで首をチョン斬って、死体の身み許もとが、どっちがどっちだかわ
からんというような場合をこさえておく。それによって八千代の場合のカムフラージをし
ようというわけだ。もっともおれがこんなことを考えついたのは、八千代がいちばんに守
衛を殺してくれとせがんだからだ。八千代は君も嫌いだったが、守衛はもっと嫌いだった
そうだ。その点、君も安心するがいい。守衛の顔や姿を見ると……いやいや、声を聞いた
だけでも、ゾーッと鳥肌が立つような嫌悪をおぼえたそうだ。そこで八千代の請こいにし
たがって、守衛殺しをいろいろ計画しているうちに、ふと思いついたのがあの蜂屋だ。蜂
屋というやつは君と同じだ。おれはあいつの毒舌に、どれくらいやっつけられたかわから
ない。むろん、殺すほどのことはなかったが、殺しても惜しくない人物だ。そこでおれは
蜂屋と守衛の姿かたちを調べてみたが、そのときにゃ驚いたね。何がって、あんまりふた
りが似ているからさ。まったく、これこそ天の与えと思った。天がおれにこの計画を、実
行しろと命令しているんだと信じたのだ。それがおれを有頂天にさせたのさ」
月はもうだいぶ西に傾いた。しかし、夜が明けるまでにはまだ間があるのだ。私は自分
の饒じよう舌ぜつに、陶酔したようにしゃべりつづけた。
「こうしておれの計画が、いよいよ熟して来たところで、八千代にあてた、あの奇妙な予
告状みたいなものがはじまったのだ。あれこそ今度の事件の発端で、いよいよおれが計画
実現の第一歩を踏み出したわけだ。ところであの警告状だが、あれにはふたつの意味が
あったんだぜ。ひとつはいうまでもなく蜂屋の太ふと股ももに、守衛と同じ傷をつくって
おくためだ。八千代は守衛の怪け我がを知っていたから、蜂屋のからだにも、同じマーク
をつけておく必要があったんだ。それからもうひとつの意味というのはほかでもない、君
に対しておれの腕をみせようというわけだ。は、は、は、おれはな、ただ人殺しをすれば
すむんじゃなかったのだ。おれは、血と肉で探偵小説を書こうとしていたんだ。そしてそ
れを君に読んでもらおうというのがおれの真意だ、小説だから、できるだけ、奇抜で、刺
激の強いのがよい。それにゃ、古神家はお誂あつらえ向きの舞台だったぜ。どうだい、直
記、おれの演出は、……」
直記は黙ってうつむいている。おそらく、もう反抗する勇気もないのであろう。私は惰
性のようにしゃべりつづけた。