「こうして蜂屋の太股にも守衛と同じようなマークができた。あとは蜂屋を、古神家へつ
れてくることだが、このほうは八千代がうまく演出したよ。八千代の手て管くだで蜂屋の
やつ、のこのこ古神家へやって来やアがったが、これがあいつの運のつきさ。一方、八千
代の懇請で、おれもはじめて古神家へ招待される。こうしてお膳ぜん立だてはすっかりで
きた。いや、君の親爺の酒乱という、意外のお景物まで加わって出来すぎるほどうまくで
きたよ。そこで、早速、実行にとりかかったのだ」
私はそこで急に言葉を改めると、
「ねえ、直記、金田一耕助というやつは、あれで案外ボンクラじゃないぜ。少なくとも蜂
屋殺害の時刻を当てただけでもえらいものさ。そうだ、蜂屋の殺されたのは九時よりま
え、だいたい、八時ごろのことなんだ。殺したなア八千代さ。蜂屋を離れへおびき出し
て、身をまかせるようなふうをして、頭をガンとやったのさ。なに、人殺しなんてそんな
にむずかしく考えるほどのものじゃないよ。大胆にやれば、なんの造作もないことなん
だ。さて、そのあとでこのおれが君の部屋から持ち出した村正をさげて出向いていく、そ
して蜂屋の首をチョン斬ぎったんだ。おれも戦争で、ずいぶんたくさん首を斬ったから、
首斬りにゃ慣れているんだ、これまた、なんの造作もないことだったよ。さて、首をかく
して……そうだ。蜂屋の首はまだあの邸内にある筈だ。どこにあるかって……? そりゃ
まあここではいわないでおこうよ。見付け出せないのは、警察の捜しかたが拙まずいから
さ。さて、首をかくし、村正を君の部屋へかえすと、それから間もなく何喰くわぬ顔をし
て食堂へ現われたんだ。ここでおれの考えたトリックは、そのとき蜂屋の血でぬらしたス
リッパで、八千代に真夜中に歩かせることと、六時ごろに蜂屋に食わせた食物を、十時ご
ろに食ったと思わせることだったが、金田一のやつ、両方とも看破しゃアがったから恐れ
入った。しかし、なに、構うものか、それによって却かえって君の疑いが深くなって来た
んだからね。あっはっは!……」
「守衛は……守衛はいつ殺したんだ」
直記が蚊かのなくような声でうめいた。私の心は急に得意でふくれあがった。
「ああ、あの守衛殺しか。守衛殺しについちゃ、おれは実にうまい方法を考えたんだぜ。
まあ、聞け、こうだ。守衛は八千代にだまされて家を出たんだ。家を出ておれの下宿で八
千代を待ち合わせることになったんだ。おれの下宿は知ってのとおり、雑ぞう司しガ谷や
の古寺の一室で、いつでも出入り勝手だから、人眼につく心配も少ないんだ。それでもお
れはあの体だから、途中で人の注意をひいちゃならぬと思って、あいつに大きなリュック
をかつがせることにした。リュックをかつぐことによって背中の瘤こぶもかくれるし、姿
勢の悪いのも人眼をひかぬ。何しろ担ぎ屋ばやりの当世だから、そんな姿は珍しくない。
守衛はこれでうまく人眼をごま化して、おれの下宿へたどりつくと、寝床を敷いて、八千
代のくるのをいまかいまかと、胸をワクワクさせながら待っていたんだ。そして、待って
いる間に毒をのんで死んだんだ」
「毒……?」
直記は眼をまるくした。
「そうよ、そこがおれのトリックさ。八千代はあの晩おれの下宿で、守衛に身をまかせる
と約束した。ところが守衛というやつは、いつか君も見たとおり、東西の強精剤を服用し
ているほど、あのほうにかけちゃ自信のない男なんだ。惚ほれた女が身をまかせるという
のに、あれよあれよじゃ愛想をつかされる。そこでかねて用意の強精剤を服用したわけだ
が、どっこい、そいつが、いつの間にか毒薬にかわっていたというわけだ。守衛はきっ
と、八千代を抱いているところを夢に見ながら、死んでいったことだろうよ」
直記がまた低いうめき声をあげた。私は構わず語りつづける。