しかし、はじめて私が大学で、仙石直記にあったとき、一種異様なショック、毛穴を逆
さに撫なでられるような、不思議な嫌悪を感じたことは事実である。これはいったい、ど
う説明したらよいのだろう。幼いころ吹きこまれた毒素も、長ずるに及んで……ことに祖
母や父がなくなってからは、しだいに効果がうすれ、大学へ入るころには、私もほとん
ど、その呪じゆ縛ばくからのがれていた筈はずなのである。それにも拘かかわらず、仙石
直記の素姓を聞いた刹せつ那な、何かしら、古い昔の記憶がよみがえって来たような、悪
血の騒ぎをおぼえたのはどういうわけなのだろう。しかも、私はその直記から補助を受け
なければならなかったのである。
直記は何故、私を放っておかなかったのだろう。何故、おせっかいにも、私のパトロン
の役など買って出たのであろう。かれもまた、四人衆様の伝説は知っているのである。い
つだったかそれについて、
「すると君とおれとは、敵同士になるわけだな」
と、そういって毒々しく笑ったことがあるくらいだ。
それを知っているのなら、何故、私をそうっと放っておいてくれなかったのか。まさか
かれは、先祖の罪ほろぼしをするつもりではなかったろう、そんな殊勝な所のある男では
ない。おそらく悪党がりのかれにとっては、そういう因いん縁ねんのまつわる私を、おも
ちゃにし、手玉にとることによっていっそうの嗜し虐ぎやく的な快感をおぼえたのであろ
う。
思えば直記と私とは、前世からの悪因縁であった!
しかし、それかといって、それだけのことで、私といえども、今度のような、あの恐ろ
しい犯行を思い立ったわけではない。
私が直記を殺そうと決心したのは、まえにもいったとおり、お静の一件を知った刹那で
あった。
私にとってお静は掌中の珠たまであった。何物にもかえがたいこの世の宝であった。そ
のお静が、直記のために、おもちゃにされ、気が狂ったと知ったときの私の怒り、憤り──
ああ、あの瞬間、私の気は狂い、直記はこの世から抹殺されなければならなかったのであ
る。
しかし、私は直記のやつを、ただ殺しただけではあきたりなかった。私はかれに、死よ
りももっと強い、はげしい恐怖を味わわせてやらなければ気がすまなかった。髪の毛も白
くなるような、皮膚の色も変わるような、血みどろな、骨も砕ける恐怖をうえつけてやら
ねばおさまらなかった。
それと同時に、直記を殺すことによって、自分が罰せられるのはまっぴらであった。直
記をいじめ、こわがらせ、狂死するほどの恐怖をなめさせたのち、相手を殺しながらも、
自分自身はその罪から、のがれなければならなかった。
私はそこでいろんな方法をかんがえた。ああでもない。こうでもないと、いろんな殺人
方法を練ってみた。
直記にいわれるまでもなく、作家としての私は第三流である。三文作家だ、煮ても焼い
ても食えない作家だ。しかし、たとえ書くほうは駄目でも、読むほうと来たら実に好きで
ある。私は探偵小説はいうに及ばず、世界中のありとあらゆる犯罪実話を読破している。
私はいままで読んだもののなかから、自分に利用出来そうな、殺人方法はないものかと、
あれやこれやと考えた。そして、その揚句に思いついたのが、今度私がやってのけた方法
──いや、やってのけようとした方法──即ち、直記を殺して首をとり、それを自分の死体
とみせかけようという寸法だ。つまり、直記を殺すと同時に、自分は死んだものとなり、
刑罰からのがれようという方法なのである。そして直記を逆に犯人に仕立てようという寸
法なのである。