私が何故、このようなショッキングな方法を選んだかというに、私はこの事件を出来る
だけ、血みどろに、生々しく、陰惨なものに塗りあげたかったのだ。それによって直記を
怖こわがらせると同時に、私の体にたぎり立つ、悪血の騒ぎをしずめることが出来ると
思ったからである。それには古神家の伝説や、古神と仙石両家を骨がらみにしている、あ
のいやらしい、さまざまな因縁話が、お誂あつらえ向きの世界をつくっていたし、それ
に、戦争からかえって来た私は、人をブッタ斬ぎったり、首をチョン斬ったりすること
を、なんとも思わないほど、神経が鈍磨していたのだ。
そこで私は決めたのである。直記を殺し、首をチョン斬っておくことに……。
しかし、何んの準備もなく、いきなりそれをやることは、私の目的にそわないおそれが
あった。それでは直記を怖がらせることにならないし、かつまた、死体入れ換えという欺
ぎ瞞まんを、警察当局に、うまく納得させることが出来るかどうか、疑問だからである。
そこで私は準備殺人をやらねばならなかった。その準備殺人の犠牲者、あるいは道具と
してえらばれたのが、蜂屋小市と守もり衛えである。
あの岩頭における直記と私との対話……と、いうより、直記相手の私の独白によって、
諸君もすでに御存じのとおり、私は直記につれられて、はじめてみどり御殿の門をくぐっ
た時より、はるか以前から、古神家の内情に精通していたのである。私は八千代の口か
ら、守衛という佝僂の特徴を微に入り、細に入り、きいていた。そして、それがたまた
ま、戦後売出した佝僂画家、蜂屋小市に酷似していることに気がつくと、私はまるで天の
啓示をうけたように驚き、かつ、喜んだのであった。
蜂屋小市も直記同様、私にとっては面つら憎にくい男であった。この毒舌家のために、
私は何度公衆の面前で、侮辱され、面めん罵ばされたかも知れない。しかし、そのことが
蜂屋殺しの直接の動機となったわけではない。蜂屋がそれほど、面憎い人間でなかったと
しても、私はやっぱり蜂屋を犠牲者としてえらんだであろう。つまり守衛とよく似た佝僂
であったことが、あの男の不運であったのだ。
さて、こうして蜂屋を道具に使うことにきめると、まず守衛に、蜂屋と同じような服装
をさせることにした。なに、そのことは雑作もないことだったのだ。守衛という男は、八
千代のいう言葉なら、なんでもきく男だったから。こうして守衛も蜂屋と同じように、あ
の気取った、出来損ないの芸術家のような、服装をするようになったのだ。こうして、第
一の準備工作が終わったところで、八千代にあてた、あのコケ脅かしのおまじないが、遠
く九州から、ついで京都から、そして最後に東京から送られたのだが、むろんあれは私が
八千代と相談のうえでやったことで、さる人に頼んで投とう函かんしてもらったのだ。む
ろん、そのひとは手紙の内容がそんな変へん挺てこなものであろうとは、夢にも知ってい
なかったが。……なお、ついでにいっておくが、あの脅迫状のなかに使われた、首をチョ
ン斬った写真の主は、蜂屋ではなく守衛で、それは守衛も承知のうえで、八千代が撮影し
たものである。むろん、そういう写真をとらせたとき、守衛はそれがあのような、恐ろし
い事件の準備工作として用いられようとは、夢にも知ってなかったであろう。
こうして、いよいよ準備は進しん捗ちよくした。そして、この物語の第一幕ともいうべ
き、キャバレー『花』の幕が切って落とされたのだ。
あの晩、八千代と蜂屋は偶然、『花』で落ち合ったことになっている。そして、それに
は違いなかったが、八千代が『花』へいくのを見届け、それから別のところで飲んでい
る、蜂屋の一行に『花』の宣伝をした男のあることを、警察でも見落としていたし、い
や、警察が見落とすまえに、蜂屋やその連れでさえ、そのことを忘れていた。そして、蜂
屋に『花』へいくように、暗示をあたえた人物こそ、かくいう私なのであった。
こうしてその夜、まんまと首尾よく、蜂屋の太ふと股ももに、守衛と同じような弾だん
痕こんをつけることに成功したのである。
かくて準備は全く終わった。いまや蜂屋をみどり御殿におびき出し、守衛の身替わりに
立てるばかりになった。そして、そのことは十分うまくいったつもりであった。ただ、あ
の村正と金庫の一件さえなかったら……。
そのことについて、金田一耕助はこういっている。