あくる日
おれは新聞を丸めて庭へ
今日の新聞に
それから山嵐が出頭した。山嵐の鼻に至っては、
おれと山嵐は校長と教頭に時間の合間を
帰りがけに山嵐は、君赤シャツは
「ああやって喧嘩をさせておいて、すぐあとから新聞屋へ手を廻してあんな記事をかかせたんだ。実に
「新聞までも赤シャツか。そいつは驚いた。しかし新聞が赤シャツの云う事をそう
「聴かなくって。新聞屋に友達が居りゃ訳はないさ」
「友達が居るのかい」
「居なくても訳ないさ。嘘をついて、事実これこれだと話しゃ、すぐ書くさ」
「ひどいもんだな。本当に赤シャツの策なら、僕等はこの事件で免職になるかも知れないね」
「わるくすると、
「そんなら、おれは
「君が辞表を出したって、赤シャツは困らない」
「それもそうだな。どうしたら困るだろう」
「あんな奸物の遣る事は、何でも
「
「まあ、もう二三日様子を見ようじゃないか。それでいよいよとなったら、
「喧嘩事件は、喧嘩事件としてか」
「そうさ。こっちはこっちで向うの急所を抑えるのさ」
「それもよかろう。おれは策略は
俺と山嵐はこれで
あくる日、新聞のくるのを待ちかねて、
それから三日ばかりして、ある日の午後、山嵐が
「そんな裁判はないぜ。狸は大方
「それが赤シャツの
「おれだって赤シャツと両立するものか。害にならないと思うなんて生意気だ」
「君はあまり単純過ぎるから、置いたって、どうでも
「なお悪いや。
「それに先だって古賀が去ってから、まだ後任が事故のために
「それじゃおれを
「何で私に辞表を出せと云わないんですか」
「へえ?」と狸はあっけに取られている。
「堀田には出せ、私には出さないで
「それは学校の方の
「その都合が
「その辺は説明が出来かねますが――堀田君は去られてもやむをえんのですが、あなたは辞表をお出しになる必要を認めませんから」
なるほど狸だ、要領を得ない事ばかり並べて、しかも落ち付き
「それじゃ私も辞表を出しましょう。堀田君一人辞職させて、私が
「それは困る。堀田も去りあなたも去ったら、学校の数学の授業がまるで出来なくなってしまうから……」
「出来なくなっても私の知った事じゃありません」
「君そう
「履歴なんか構うもんですか、履歴より義理が大切です」
「そりゃごもっとも――君の云うところは一々ごもっともだが、わたしの云う方も少しは察して下さい。君が是非辞職すると云うなら辞職されてもいいから、代りのあるまでどうかやってもらいたい。とにかく、うちでもう一返考え直してみて下さい」
考え直すって、直しようのない明々白々たる理由だが、狸が
山嵐に狸と談判した模様を話したら、大方そんな事だろうと思った。辞表の事はいざとなるまでそのままにしておいても
山嵐はいよいよ辞表を出して、職員一同に告別の
八日目には七時頃から下宿を出て、まずゆるりと湯に入って、それから町で
「今夜七時半頃あの
「赤シャツといっしょか」
「いいや」
「それじゃ駄目だ」
「芸者は二人づれだが、――どうも有望らしい」
「どうして」
「どうしてって、ああ云う
「そうかも知れない。もう九時だろう」
「今九時十二分ばかりだ」と帯の間からニッケル製の時計を出して見ながら云ったが「おい
おれは
「おい来るだろうかな。今夜来なければ僕はもう
「おれは銭のつづく限りやるんだ」
「銭っていくらあるんだい」
「今日までで八日分五円六十銭払った。いつ飛び出しても
「それは手廻しがいい。宿屋で驚いてるだろう」
「宿屋はいいが、気が放せないから困る」
「その代り
「昼寝はするが、外出が出来ないんで
「天誅も骨が折れるな。これで
「なに今夜はきっとくるよ。――おい見ろ見ろ」と小声になったから、おれは思わずどきりとした。黒い
世間は大分静かになった。
「もう
「おい」
「おい」
「来たぜ」
「とうとう来た」
「これでようやく安心した」
「野だの畜生、おれの事を勇み肌の坊っちゃんだと
「邪魔物と云うのは、おれの事だぜ。失敬千万な」
おれと山嵐は二人の帰路を
赤シャツの来るのを待ち受けたのはつらかったが、出て来るのをじっとして待ってるのはなおつらい。寝る訳には行かないし、始終障子の
角屋から出る二人の影を見るや否や、おれと山嵐はすぐあとを
「教頭の職を持ってるものが何で角屋へ行って
「教頭は角屋へ泊って
「
おれが玉子をたたきつけているうち、山嵐と赤シャツはまだ談判最中である。
「芸者をつれて僕が宿屋へ泊ったと云う
「宵に貴様のなじみの芸者が角屋へはいったのを見て云う事だ。胡魔化せるものか」
「胡魔化す必要はない。僕は吉川君と二人で泊ったのである。芸者が宵にはいろうが、はいるまいが、僕の知った事ではない」
「だまれ」と山嵐は
「無法でたくさんだ」とまたぽかりと
「もうたくさんか、たくさんでなけりゃ、まだ
「貴様等は奸物だから、こうやって天誅を加えるんだ。これに
「おれは逃げも
おれが下宿へ帰ったのは七時少し前である。部屋へはいるとすぐ荷作りを始めたら、婆さんが驚いて、どうおしるのぞなもしと聞いた。お婆さん、東京へ行って奥さんを連れてくるんだと答えて勘定を済まして、すぐ汽車へ乗って浜へ来て港屋へ着くと、山嵐は二階で寝ていた。おれは早速辞表を書こうと思ったが、何と書いていいか分らないから、
汽船は夜六時の
その夜おれと山嵐はこの
その後ある人の
(明治三十九年四月)