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草枕 七(1)

时间: 2021-02-22    进入日语论坛
核心提示: 寒い。手拭(てぬぐい)を下げて、湯壺(ゆつぼ)へ下(くだ)る。 三畳へ着物を脱いで、段々を、四つ下りると、八畳ほどな風呂場へ
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 寒い。手拭(てぬぐい)を下げて、湯壺(ゆつぼ)(くだ)る。
 三畳へ着物を脱いで、段々を、四つ下りると、八畳ほどな風呂場へ出る。石に不自由せぬ国と見えて、下は御影(みかげ)で敷き詰めた、真中を四尺ばかりの深さに掘り抜いて、豆腐屋(とうふや)ほどな湯槽(ゆぶね)()える。(ふね)とは云うもののやはり石で畳んである。鉱泉と名のつく以上は、色々な成分を含んでいるのだろうが、色が純透明だから、(はい)心地(ごこち)がよい。折々は口にさえふくんで見るが別段の味も(におい)もない。病気にも()くそうだが、聞いて見ぬから、どんな病に利くのか知らぬ。もとより別段の持病もないから、実用上の価値はかつて頭のなかに浮んだ事がない。ただ這入(はい)る度に考え出すのは、白楽天(はくらくてん)温泉(おんせん)水滑(みずなめらかにして)洗凝脂(ぎょうしをあらう)と云う句だけである。温泉と云う名を聞けば必ずこの句にあらわれたような愉快な気持になる。またこの気持を出し得ぬ温泉は、温泉として全く価値がないと思ってる。この理想以外に温泉についての注文はまるでない。
 すぽりと()かると、乳のあたりまで這入(はい)る。湯はどこから()いて出るか知らぬが、常でも(ふね)(ふち)を奇麗に越している。春の石は(かわ)くひまなく()れて、あたたかに、踏む足の、心は(おだ)やかに嬉しい。降る雨は、夜の目を(かす)めて、ひそかに春を(うる)おすほどのしめやかさであるが、軒のしずくは、ようやく(しげ)く、ぽたり、ぽたりと耳に聞える。立て()められた湯気は、(ゆか)から天井を(くま)なく(うず)めて、隙間(すきま)さえあれば、節穴(ふしあな)の細きを(いと)わず()()でんとする景色(けしき)である。
 秋の霧は冷やかに、たなびく(もや)長閑(のどか)に、夕餉炊(ゆうげた)く、人の煙は青く立って、大いなる空に、わがはかなき姿を托す。様々の(あわ)れはあるが、春の()温泉(でゆ)の曇りばかりは、(ゆあみ)するものの肌を、(やわ)らかにつつんで、古き世の男かと、われを疑わしむる。眼に写るものの見えぬほど、濃くまつわりはせぬが、薄絹を一重(ひとえ)破れば、何の苦もなく、下界の人と、(おの)れを見出すように、浅きものではない。一重破り、二重破り、幾重を破り尽すともこの煙りから出す事はならぬ顔に、四方よりわれ一人を、(あたた)かき(にじ)(うち)(うず)め去る。酒に酔うと云う言葉はあるが、煙りに酔うと云う語句を耳にした事がない。あるとすれば、霧には無論使えぬ、霞には少し強過ぎる。ただこの靄に、春宵(しゅんしょう)の二字を冠したるとき、始めて妥当なるを覚える。

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