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草枕 六(4)

时间: 2021-02-07    进入日语论坛
核心提示: この長い振袖を着て、長い廊下を何度往き何度戻る気か、余には解からぬ。いつ頃からこの不思議な装よそおいをして、この不思議
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  この長い振袖を着て、長い廊下を何度往き何度戻る気か、余には解からぬ。いつ頃からこの不思議なよそおいをして、この不思議な歩行あゆみをつづけつつあるかも、余には解らぬ。その主意に至ってはもとより解らぬ。もとより解るべきはずならぬ事を、かくまでも端正に、かくまでも静粛に、かくまでも度を重ねて繰り返す人の姿の、入口にあらわれては消え、消えてはあらわるる時の余の感じは一種異様である。く春のうらみを訴うる所作しょさならば何がゆえにかくは無頓着むとんじゃくなる。無頓着なる所作ならば何が故にかくは綺羅きらを飾れる。

 暮れんとする春の色の、嬋媛(せんえん)として、しばらくは(めいばく)の戸口をまぼろしに(いろ)どる中に、眼も()むるほどの帯地(おびじ)金襴(きんらん)か。あざやかなる織物は往きつ、戻りつ蒼然(そうぜん)たる夕べのなかにつつまれて、幽闃(ゆうげき)のあなた、遼遠(りょうえん)のかしこへ一分ごとに消えて去る。(きら)めき渡る春の星の、(あかつき)近くに、紫深き空の底に(おち)いる(おもむき)である。
 太玄(たいげん)おのずから(ひら)けて、この(はな)やかなる姿を、幽冥(ゆうめい)()に吸い込まんとするとき、余はこう感じた。金屏(きんびょう)を背に、銀燭(ぎんしょく)を前に、春の宵の一刻を千金と、さざめき暮らしてこそしかるべきこの(よそおい)の、(いと)景色(けしき)もなく、争う様子も見えず、色相(しきそう)世界から薄れて行くのは、ある点において超自然の情景である。刻々と(せま)る黒き影を、すかして見ると女は粛然として、()きもせず、狼狽(うろたえ)もせず、同じほどの歩調をもって、同じ所を徘徊(はいかい)しているらしい。身に落ちかかる(わざわい)を知らぬとすれば無邪気の(きわみ)である。知って、災と思わぬならば物凄(ものすご)い。黒い所が本来の住居(すまい)で、しばらくの幻影(まぼろし)を、(もと)のままなる冥漠(めいばく)(うち)に収めればこそ、かように(かんせい)の態度で、()()(あいだ)逍遥(しょうよう)しているのだろう。女のつけた振袖に、(ふん)たる模様の尽きて、是非もなき磨墨(するすみ)に流れ込むあたりに、おのが身の素性(すじょう)をほのめかしている。
 またこう感じた。うつくしき人が、うつくしき眠りについて、その眠りから、さめる暇もなく、幻覚(うつつ)のままで、この世の呼吸(いき)を引き取るときに、枕元に(やまい)(まも)るわれらの心はさぞつらいだろう。四苦八苦を百苦に重ねて死ぬならば、生甲斐(いきがい)のない本人はもとより、(はた)に見ている親しい人も殺すが慈悲と(あき)らめられるかも知れない。しかしすやすやと寝入る児に死ぬべき何の(とが)があろう。眠りながら冥府(よみ)に連れて行かれるのは、死ぬ覚悟をせぬうちに、だまし打ちに惜しき一命を(はた)すと同様である。どうせ殺すものなら、とても(のが)れぬ定業(じょうごう)と得心もさせ、断念もして、念仏を(とな)えたい。死ぬべき条件が(そな)わらぬ先に、死ぬる事実のみが、ありありと、確かめらるるときに、南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)回向(えこう)をする声が出るくらいなら、その声でおういおういと、半ばあの世へ足を踏み込んだものを、無理にも呼び返したくなる。()りの眠りから、いつの()とも心づかぬうちに、永い眠りに移る本人には、呼び返される方が、切れかかった煩悩(ぼんのう)の綱をむやみに引かるるようで苦しいかも知れぬ。慈悲だから、呼んでくれるな、(おだや)かに寝かしてくれと思うかも知れぬ。それでも、われわれは呼び返したくなる。余は今度女の姿が入口にあらわれたなら、呼びかけて、うつつの(うち)から救ってやろうかと思った。しかし夢のように、三尺の幅を、すうと抜ける影を見るや(いな)や、何だか口が()けなくなる。今度はと心を定めているうちに、すうと苦もなく通ってしまう。なぜ何とも云えぬかと考うる途端(とたん)に、女はまた通る。こちらに(うかが)う人があって、その人が自分のためにどれほどやきもき思うているか、微塵(みじん)も気に掛からぬ有様で通る。面倒にも気の毒にも、初手(しょて)から、余のごときものに、気をかねておらぬ有様で通る。今度は今度はと思うているうちに、こらえかねた、雲の層が、持ち切れぬ雨の糸を、しめやかに落し出して、女の影を、蕭々(しょうしょう)と封じ(おわ)る。

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