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草枕 九(1)

时间: 2021-02-22    进入日语论坛
核心提示:「ええ、面白いんです、死ぬまで面白いんです」「おやそう。それだから画工(えかき)なんぞになれるんですね」「全くです。画工だ
(单词翻译:双击或拖选)

「ええ、面白いんです、死ぬまで面白いんです」
「おやそう。それだから画工(えかき)なんぞになれるんですね」
「全くです。画工だから、小説なんか初からしまいまで読む必要はないんです。けれども、どこを読んでも面白いのです。あなたと話をするのも面白い。ここへ逗留(とうりゅう)しているうちは毎日話をしたいくらいです。何ならあなたに惚れ込んでもいい。そうなるとなお面白い。しかしいくら惚れてもあなたと夫婦になる必要はないんです。惚れて夫婦になる必要があるうちは、小説を初からしまいまで読む必要があるんです」
「すると不人情(ふにんじょう)な惚れ方をするのが画工なんですね」
「不人情じゃありません。非人情な惚れ方をするんです。小説も非人情で読むから、筋なんかどうでもいいんです。こうして、御籤(おみくじ)を引くように、ぱっと()けて、開いた所を、漫然と読んでるのが面白いんです」
「なるほど面白そうね。じゃ、今あなたが読んでいらっしゃる所を、少し話してちょうだい。どんな面白い事が出てくるか伺いたいから」
「話しちゃ駄目です。()だって話にしちゃ一文の価値(ねうち)もなくなるじゃありませんか」
「ホホホそれじゃ読んで下さい」
「英語でですか」
「いいえ日本語で」
「英語を日本語で読むのはつらいな」
「いいじゃありませんか、非人情で」
 これも一興(いっきょう)だろうと思ったから、余は女の(こい)に応じて、例の書物をぽつりぽつりと日本語で読み出した。もし世界に非人情な読み方があるとすればまさにこれである。()く女ももとより非人情で聴いている。
(なさ)けの風が女から吹く。声から、眼から、(はだえ)から吹く。男に(たす)けられて(とも)に行く女は、夕暮のヴェニスを(なが)むるためか、扶くる男はわが(みゃく)稲妻(いなずま)の血を走らすためか。――非人情だから、いい加減ですよ。ところどころ脱けるかも知れません」
「よござんすとも。御都合次第で、御足(おた)しなすっても構いません」
「女は男とならんで(ふなばた)()る。二人の(へだた)りは、風に吹かるるリボンの幅よりも狭い。女は男と共にヴェニスに去らばと云う。ヴェニスなるドウジの殿楼(でんろう)は今第二の日没のごとく、薄赤く消えて行く。……」
「ドージとは何です」
「何だって構やしません。(むか)しヴェニスを支配した人間の名ですよ。何代つづいたものですかね。その御殿が今でもヴェニスに残ってるんです」
「それでその男と女と云うのは誰の事なんでしょう」
「誰だか、わたしにも分らないんだ。それだから面白いのですよ。今までの関係なんかどうでもいいでさあ。ただあなたとわたしのように、こういっしょにいるところなんで、その場限りで面白味があるでしょう」
「そんなものですかね。何だか船の中のようですね」
「船でも岡でも、かいてある通りでいいんです。なぜと聞き出すと探偵(たんてい)になってしまうです」
「ホホホホじゃ聴きますまい」
「普通の小説はみんな探偵が発明したものですよ。非人情なところがないから、ちっとも(おもむき)がない」
「じゃ非人情の続きを伺いましょう。それから?」

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