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草枕 十二(10)

时间: 2021-03-09    进入日语论坛
核心提示:「今の亭主じゃありません、離縁(りえん)された亭主です」「なるほど、それで」「それぎりです」「そうですか。――あの蜜柑山(
(单词翻译:双击或拖选)

「今の亭主じゃありません、離縁(りえん)された亭主です」
「なるほど、それで……」
「それぎりです」
「そうですか。――あの蜜柑山(みかんやま)に立派な白壁の家がありますね。ありゃ、いい地位にあるが、誰の(うち)なんですか」
「あれが兄の家です。帰り路にちょっと寄って、行きましょう」
「用でもあるんですか」
「ええちっと頼まれものがあります」
「いっしょに行きましょう」
 岨道(そばみち)の登り口へ出て、村へ下りずに、すぐ、右に折れて、また一丁ほどを登ると、門がある。門から玄関へかからずに、すぐ庭口へ廻る。女が無遠慮につかつか行くから、余も無遠慮につかつか行く。南向きの庭に、棕梠(しゅろ)が三四本あって、土塀(どべい)の下はすぐ蜜柑畠である。
 女はすぐ、椽鼻(えんばな)へ腰をかけて、云う。
「いい景色だ。御覧なさい」
「なるほど、いいですな」
 障子のうちは、静かに人の気合(けあい)もせぬ。女は(おと)のう景色もない。ただ腰をかけて、蜜柑畠を見下(みおろ)して平気でいる。余は不思議に思った。元来何の用があるのかしら。
 しまいには話もないから、両方共無言のままで蜜柑畠を見下している。()(せま)る太陽は、まともに暖かい光線を、山一面にあびせて、眼に余る蜜柑の葉は、葉裏まで、()(かえ)されて耀(かが)やいている。やがて、裏の納屋(なや)の方で、鶏が大きな声を出して、こけこっこううと鳴く。
「おやもう。御午(おひる)ですね。用事を忘れていた。――久一(きゅういち)さん、久一さん」
 女は(およ)(ごし)になって、立て切った障子(しょうじ)を、からりと()ける。内は(むな)しき十畳敷に、狩野派(かのうは)双幅(そうふく)が空しく春の(とこ)を飾っている。
「久一さん」
 納屋(なや)の方でようやく返事がする。足音が(ふすま)(むこう)でとまって、からりと、()くが早いか、白鞘(しらさや)短刀(たんとう)が畳の上へ(ころ)がり出す。
「そら御伯父(おじ)さんの餞別(せんべつ)だよ」
 帯の間に、いつ手が這入(はい)ったか、余は少しも知らなかった。短刀は二三度とんぼ返りを打って、静かな畳の上を、久一さんの足下(あしもと)へ走る。作りがゆる過ぎたと見えて、ぴかりと、寒いものが一(すん)ばかり光った。

 

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