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草枕 十三(1)

时间: 2021-03-09    进入日语论坛
核心提示: 川舟(かわふね)で久一さんを吉田の停車場(ステーション)まで見送る。舟のなかに坐ったものは、送られる久一さんと、送る老人と
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 川舟(かわふね)で久一さんを吉田の停車場(ステーション)まで見送る。舟のなかに坐ったものは、送られる久一さんと、送る老人と、那美さんと、那美さんの兄さんと、荷物の世話をする源兵衛と、それから余である。余は無論御招伴(おしょうばん)に過ぎん。
 御招伴でも呼ばれれば行く。何の意味だか分らなくても行く。非人情の旅に思慮は入らぬ。舟は(いかだ)(ふち)をつけたように、底が(ひら)たい。老人を中に、余と那美さんが(とも)、久一さんと、兄さんが、(みよし)に座をとった。源兵衛は荷物と共に(ひと)り離れている。
「久一さん、(いく)さは好きか嫌いかい」と那美さんが聞く。
「出て見なければ分らんさ。苦しい事もあるだろうが、愉快な事も出て来るんだろう」と戦争を知らぬ久一さんが云う。
「いくら苦しくっても、国家のためだから」と老人が云う。
「短刀なんぞ貰うと、ちょっと戦争に出て見たくなりゃしないか」と女がまた妙な事を聞く。久一さんは、
「そうさね」
(かろ)首肯(うけが)う。老人は(ひげ)(かか)げて笑う。兄さんは知らぬ顔をしている。
「そんな平気な事で、(いく)さが出来るかい」と女は、委細(いさい)構わず、白い顔を久一さんの前へ突き出す。久一さんと、兄さんがちょっと眼を見合せた。
「那美さんが軍人になったらさぞ強かろう」兄さんが妹に話しかけた第一の言葉はこれである。語調から察すると、ただの冗談(じょうだん)とも見えない。
「わたしが? わたしが軍人? わたしが軍人になれりゃとうになっています。今頃は死んでいます。久一さん。御前も死ぬがいい。生きて帰っちゃ外聞(がいぶん)がわるい」
「そんな乱暴な事を――まあまあ、めでたく凱旋(がいせん)をして帰って来てくれ。死ぬばかりが国家のためではない。わしもまだ二三年は生きるつもりじゃ。まだ()える」
 老人の言葉の尾を長く手繰(たぐる)と、尻が細くなって、末は涙の糸になる。ただ男だけにそこまではだまを出さない。久一さんは何も云わずに、横を向いて、岸の方を見た。
 岸には大きな柳がある。下に小さな舟を(つな)いで、一人の男がしきりに垂綸(いと)を見詰めている。一行の舟が、ゆるく波足(なみあし)を引いて、その前を通った時、この男はふと顔をあげて、久一さんと眼を見合せた。眼を見合せた両人(ふたり)の間には何らの電気も通わぬ。男は魚の事ばかり考えている。久一さんの頭の中には一尾の(ふな)宿(やど)る余地がない。一行の舟は静かに太公望(たいこうぼう)の前を通り越す。

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