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虞美人草 四 (7)

时间: 2021-03-29    进入日语论坛
核心提示: 半世の歴史を長き穂の心細きまで逆(さか)しまに尋ぬれば、溯(さかのぼ)るほどに暗澹(あんたん)となる。芽を吹く今の幹なれば、
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 半世の歴史を長き穂の心細きまで(さか)しまに尋ぬれば、(さかのぼ)るほどに暗澹(あんたん)となる。芽を吹く今の幹なれば、通わぬ脈の枯れ()の末に、(きり)の力の(とが)れるを(さいわい)と、記憶の命を突き(とお)すは要なしと云わんよりむしろ無惨(むざん)である。ジェーナスの神は二つの顔に、(うし)ろをも前をも見る。幸なる小野さんは一つの顔しか持たぬ。(そびら)を過去に向けた上は、眼に映るは煕々(きき)たる前程のみである。(うしろ)を向けばひゅうと北風が吹く。この寒い所をやっとの思いで斬り抜けた昨日今日(きのうきょう)、寒い所から、寒いものが追っ()けて来る。今まではただ忘れればよかった。未来の発展の暖く(あざ)やかなるうちに、(おの)れを()き込んで、一歩でも過去を遠退(とおの)けばそれで済んだ。生きている過去も、死んだ過去のうちに静かに(ちりばめ)られて、動くかとは掛念(けねん)しながらも、まず大丈夫だろうと、その日、その日に立ち退()いては、顧みるパノラマの長く連なるだけで、一点も動かぬに胸を()でていた。ところが、昔しながらとたかを(くく)って、過去の(くだ)を今さら覗いて見ると――動くものがある。われは過去を棄てんとしつつあるに、過去はわれに近づいて来る。(せま)って来る。静かなる前後と枯れ尽したる左右を乗り()えて、暗夜(やみよ)を照らす提灯(ちょうちん)の火のごとく揺れて来る、動いてくる。小野さんは部屋の中を廻り始めた。
 自然は自然を用い尽さぬ。(きわ)まらんとする前に何事か起る。単調は自然の敵である。小野さんが部屋の中を廻り始めて半分(はんぷん)と立たぬうちに、障子(しょうじ)から下女の首が出た。
「御客様」と笑いながら云う。なぜ笑うのか要領を得ぬ。御早うと云っては笑い、御帰んなさいと云っては笑い、御飯ですと云っては笑う。人を見て(みだ)りに笑うものは必ず人に求むるところのある証拠である。この下女はたしかに小野さんからある報酬を求めている。
 小野さんは気のない顔をして下女を見たのみである。下女は失望した。
「通しましょうか」
 小野さんは「え、うん」と判然しない返事をする。下女はまた失望した。下女がむやみに笑うのは小野さんに愛嬌(あいきょう)があるからである。愛嬌のない御客は下女から見ると半文(はんもん)の価値もない。小野さんはこの心理を心得ている。今日(こんにち)まで下女の人望を(つな)いだのも全くこの自覚に(もと)づく。小野さんは下女の人望をさえ(みだ)りに落す事を好まぬほどの人物である。

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